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献身【ハーレクインSP文庫版】

献身【ハーレクインSP文庫版】


発行: ハーレクイン
シリーズ: ハーレクインSP文庫
価格:400pt
形式:XMDF形式⇒詳細 MEDUSA形式⇒詳細
対応端末:パソコン ソニー“Reader”スマートフォン タブレット
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著者プロフィール

 ヴァイオレット・ウィンズピア(Violet Winspear)
 ロマンスの草創期に活躍した英国人作家。第二次大戦中、十四歳の頃から労働を強いられ、苦しい生活の中から“現実が厳しければ厳しいほど人は美しい夢を見る”という確信を得て、ロマンス小説を書き始める。三十二歳で作家デビューを果たし、三十余年の作家人生で約七十作を上梓。生涯独身を通し、一九九八年に永眠するも、ロマンスの王道を貫く作風が今もファンに支持されている。

解説

元見習い看護師のマーリンは、美しい南の島に降り立った。この島には、かつて彼女が働いていた病院で外科医として活躍していたポール・ファン・セタンが住んでいる。天才の名をほしいままにした彼だったが、それももはや昔のこと。正看護師が調合し、マーリンが手渡した点眼液のせいで、彼は視力と、外科医としての将来を失ってしまった。世間の冷たい目にさらされ、彼女は罪の意識に苛まれ続けた。そのポールが今、著作をまとめるための秘書を募集している。マーリンは身元を隠して彼のために尽くすことを決心するが……。
*本書は、ハーレクイン文庫から既に配信されている作品のカバー替え版となります。ご購入の際は十分ご注意ください。

抄録

 夕方に入って風の勢いがさらにつのった。
「台風の目がくるのですか?」両切りのシガーを楽しむファン・セタンにマーリンは尋ねた。
「悪魔の目とも言いますが……。通れば一瞬にしてわたしたちの運命が決まります。神の審判と同じです。またCDをかけていただけませんか、|マダム《メフロウヴ》。古い音楽でも、聴いていれば少しは風の音が気にならなくなります」
 CDはポータブルのオーディオデッキと一緒に書斎からファン・セタンが運びこんであった。
「これは鉄砲ワインです」ほこりをかぶったびんをファン・セタンがマーリンに見せた。「島の連中はシャンパンを鉄砲ワインと呼びます。今夜ほど鉄砲を撃つにふさわしい晩はない……」
 CDのラベルを次々に読むうち≪グッド・ナイト・マイ・ラブ≫という感傷的な題の昔の流行歌をマーリンは見つけ、この曲も今夜にふさわしい、と思いつつオーディオにセットした。
 ファン・セタンは竹製のロング・チェアでくつろいでいる。しかし耳は緊張しているらしかった。ファン・セタンが首の長いびんの栓を抜き、マーリンに渡した。飲んでみるとおいしかった。アルコール度数が強かった。強い酒でマーリンの恐怖心を和らげようとするファン・セタンの心づかいなのだろう。台風が直撃すれば死ぬかもしれない。しかしマーリンは、ファン・セタンと一緒にいるかぎりその恐怖と対決できそうだった。マーリンにとってはファン・セタンがすべてだった。生死さえともにできればそれでよかった。
 恋の陶酔をだれも恐れなかった古きよき昔の流行歌が部屋に流れ始めた。マーリンはファン・セタンの重たげなまぶたを見守り、金色のまつげの下に薄く輝いているあの瞳に唇をおしつけることができたら、と思った。けれども、身を投げ出してすがりつきたいというせつない恋心は、時が自然に向こうからくるまで鎖につないでおかねばならない。かりに今ファン・セタンの腕の中に身を投げかけ、自分が恋の炎に身を焼く若い女であることを告げても、ファン・セタンは困惑し、怒るだけだろう。もちろん、ひとり暮らしの男であるからには肉欲に負けてこの体を抱くかもしれない。しかしファン・セタンは明らかに何事にも自分の選択を通さねば気がすまない誇り高い人間だった。とすれば、望みもしないものを突きつけられたと言い放って冷笑するかもしれなかった。
「昔の人はどうしてこう感傷的だったのだろう」ファン・セタンがつぶやいた。「物思いにふけるにしても闇を見つめながらでなく、この歌のように沈みゆく月を見ながらだったらどんなにいいか……。目の見えない男は思い出にすがって生きるようになります。いい思い出はますます甘くなり、苦い思い出はますます苦くなる。未来に心を向ける気持がぱったりなくなるのです。目が見えないのに前を見ろというのがおかしいといえばおかしいのですが」
 マーリンは膝を両腕でかかえていた。抱きたいと思いこがれている広い肩には及びもつかない細い膝だった。
「いつも思い出すのは、最後にアムステルダムの祖母の家に行ったときのことです」シガーの灰が落ちてズボンに散った。「つやのある緑色がかった黒瓦の家だった。雨が降って……。柔らかい雨でした。庭のチューリップが濡れて、サテンのように光っていた。アムステルダムはご存じですか?」
「存じません。きれいな町と聞いていますが」
「思い出すたびに戻りたくなる。古い運河のそばで飲む冷たいビール。玉ねぎと黒パンとクリームチーズさえあればよかった。あの町をもう一度見られるならどんなことでもするのに。ほんのささやかなくつろぎと、朝から夜までの仕事と……」
「もうおやめになって。うかがっているとつらくって……」マーリンは涙声になった。
「泣かないでください」大きな声だった。「ただでさえ神経のたかぶっているあなたの前で、気に障るようなことは言うべきでなかった」
「あなたの、あなたのような方から思いがけないお気持をうかがったので……」言葉が続かなかった。叫び出しそうになるのを口に拳をあててマーリンはこらえた。どれほどファン・セタンを思っているかを、そして自分があの事件のときの看護師であることを、洗いざらい告白してしまいそうだった。けれども、告白すれば今までの努力がみな無駄になってしまう。
「泣いて気が休まるのなら、思いきり泣いてください」きつい口調でファン・セタンが言った。
「でも、泣きわめく女には耐えられないとおっしゃった……」
「あれは、谷に避難させるための方便でした」
「それなら、外で大きな音がして叫び声をあげても、臆病だと思わないでくださるわけですか」マーリンは、唇をひきつらせながらも冗談に気をまぎらせようとした。
「あなたは臆病ではない。芯が強いし、思いやりがあって……。しかも看護師の経験もある」
 その言葉を聞いてうれしかった。今までの忍耐が実を結び、折れることなくしなうだけのすぐれた刀のようなファン・セタンの強さとたしかにひとつに結ばれたのだ。しかし、ファン・セタンの腕の中に安らぎの聖域を求められずに過ごすというつらい試練は、まだ続いている。


*この続きは製品版でお楽しみください。

本の情報

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