和書>小説・ノンフィクション>ボーイズラブ小説>男子寮
解説
「俺と、つきあってくれないかって頼んでるんだ」
私立桜丘学園高等寮で暮らす烏丸旭には、その気になった男を弄ぶという悪い噂があった。そんな旭の前に、端正な容姿と雰囲気から王子と呼ばれ、憧憬される寮生・伊達洸貴が現れる。それまで誰とも均等な距離を保っていたはずの伊達だったが、旭には好意を隠すことなく接してくる。初めは伊達を避けていた旭も、少しずつ頑なだった心を溶かされ、やがてつきあうことになるのだが……!? 恋するせつなさ、苦しさ、喜びを綴った物語をあなたに――。
私立桜丘学園高等寮で暮らす烏丸旭には、その気になった男を弄ぶという悪い噂があった。そんな旭の前に、端正な容姿と雰囲気から王子と呼ばれ、憧憬される寮生・伊達洸貴が現れる。それまで誰とも均等な距離を保っていたはずの伊達だったが、旭には好意を隠すことなく接してくる。初めは伊達を避けていた旭も、少しずつ頑なだった心を溶かされ、やがてつきあうことになるのだが……!? 恋するせつなさ、苦しさ、喜びを綴った物語をあなたに――。
抄録
「あ、王子!」
三尾が叫ぶ。それよりも早く、旭は伊達の姿を視界に認めていた。ほとんど三溝と入れ替わりのタイミングで、伊達が中二階への階段を上がってきていたのだ。三尾に大声で呼ばれてこちらに気づいた伊達は、すぐに微笑んで左の手を肩の高さに上げた。
「どうしたの、役員会じゃなかった?」
歩いてくる伊達に旭が尋ねる。
「うん。まだ途中。なかなか終わりそうにないから、とりあえず買い出しにね。このままじゃ全員昼飯にありつけない」
「わーい、王子それって、パシリ?」
三尾が冗談を言った。
「そう。可哀相だろ?」
品よく笑い、伊達も冗談で返す。
急に和んだ場の雰囲気に、旭は、ほ…、と吐息を漏らした。
「どうかした」
伊達が目聡《めざと》く訊いてくる。
曲線を描いた天井へ目を逸らし、旭は「なにが?」と、惚《とぼ》ける声音で訊き返した。
「へんな顔してるから」
言ってくる伊達を、旭は軽く睨む。
「失礼なこと言わないで。へんな顔なんだ。もともと」
「今の言い分、かなり矛盾してたよね」
ニコリと笑い、伊達が言った。三尾も小刻みに頷いている。
「三尾。旭、貰っていってもいいかな」
伊達から伺いを立てられて、三尾は「あ、うん」と、背後を振り返った。旭はなるべくそちらへは目を向けないようにしている。
「ミーコ、なに食べるの? 庄野、ミーコの食券買ってきて」
「あーもー、いーって!」
松嶋へ声を投げ、三尾は旭と伊達に手をグッパとさせて、最後に左右へ二度振った。
伊達も掌を軽く上げ返し、下ろした手をブレザーのポケットへ入れると、またすぐに抜く。
「これ。買うのつきあってくれる?」
伊達が指に挟んだルーズリーフの切れ端を旭に見せて揺らす。そこには横書きでパンの品名がずらりと並んでいた。
「ホントにパシらされたの?」
旭は真顔で尋ねる。
右通路の奥にある購買ブースへ旭と肩を並べて歩きながら、伊達がおかしそうに笑った。
「なにか食べた?」
横顔を少し旭へ向けて、伊達が訊いてくる。
もちろんまだなにも食べていなかったけれど、ホールへ入る前と比べて、旭の食欲は急降下で減退していた。
「忘れた」
短く返した旭を隣から数秒じっと見て、伊達は「そう」と、小声で相槌《あいづち》をうち、前を向く。
購買ブースで第三希望までが書かれたメモ通りのパンを買い込んだあと、伊達と一緒に旭もホールを出た。
渡り廊下を生徒指導室がある総務棟へ抜ける。歩く廊下の色が変わり、生徒指導室が前方に近づいてきた頃、「なにかあった?」と、伊達が静かな声で尋ねてきた。
「今日の六曜、なんだか知ってる?」
訊き返す旭の横顔を、伊達がチラと見る。
「赤口――だったかな」
「なんだ。仏滅かと思った」
本当に、今日の六曜は仏滅だと旭は決め込んでいた。ここまで気が重くなるのは久しぶりかもしれない。
生徒指導室の扉前で、「じゃあ、」と、離れようとした旭の手首を伊達が引き止める。
「大丈夫?」
心配げな目を向けられて、旭は平気だと首をふった。
「今週はずっと、昼休みも放課後もこの調子だと思うから」
伊達が片眉を下げて言う。
「帰りも?」
「うん、遅くなるね。先に帰っていてくれていいから」
伊達は掴んでいた旭の手首を放すと、左腕に抱えていた購買袋の中から、サンドイッチの包みを一つ、旭へ手渡した。
「じゃあまた、帰ってからね」
旭へ優しい目を残し、伊達は生徒指導室のドアノブに手をかける。その上から、旭は掌を重ねた。
「キス、したいな」
言ってすぐに、旭は視線を落とす。それを掬い上げるように、伊達の唇が斜めに旭の唇へ触れた。数秒の静止を終え、触れてきたときと同じで、伊達のほうから唇が離れる。旭は目と唇をうっすらと開いて、伊達を見上げた。
「冗談だった?」
小さく、伊達が尋ねてくる。旭は顎を上向けて、今度は自分から伊達にくちづけた。
*この続きは製品版でお楽しみください。
三尾が叫ぶ。それよりも早く、旭は伊達の姿を視界に認めていた。ほとんど三溝と入れ替わりのタイミングで、伊達が中二階への階段を上がってきていたのだ。三尾に大声で呼ばれてこちらに気づいた伊達は、すぐに微笑んで左の手を肩の高さに上げた。
「どうしたの、役員会じゃなかった?」
歩いてくる伊達に旭が尋ねる。
「うん。まだ途中。なかなか終わりそうにないから、とりあえず買い出しにね。このままじゃ全員昼飯にありつけない」
「わーい、王子それって、パシリ?」
三尾が冗談を言った。
「そう。可哀相だろ?」
品よく笑い、伊達も冗談で返す。
急に和んだ場の雰囲気に、旭は、ほ…、と吐息を漏らした。
「どうかした」
伊達が目聡《めざと》く訊いてくる。
曲線を描いた天井へ目を逸らし、旭は「なにが?」と、惚《とぼ》ける声音で訊き返した。
「へんな顔してるから」
言ってくる伊達を、旭は軽く睨む。
「失礼なこと言わないで。へんな顔なんだ。もともと」
「今の言い分、かなり矛盾してたよね」
ニコリと笑い、伊達が言った。三尾も小刻みに頷いている。
「三尾。旭、貰っていってもいいかな」
伊達から伺いを立てられて、三尾は「あ、うん」と、背後を振り返った。旭はなるべくそちらへは目を向けないようにしている。
「ミーコ、なに食べるの? 庄野、ミーコの食券買ってきて」
「あーもー、いーって!」
松嶋へ声を投げ、三尾は旭と伊達に手をグッパとさせて、最後に左右へ二度振った。
伊達も掌を軽く上げ返し、下ろした手をブレザーのポケットへ入れると、またすぐに抜く。
「これ。買うのつきあってくれる?」
伊達が指に挟んだルーズリーフの切れ端を旭に見せて揺らす。そこには横書きでパンの品名がずらりと並んでいた。
「ホントにパシらされたの?」
旭は真顔で尋ねる。
右通路の奥にある購買ブースへ旭と肩を並べて歩きながら、伊達がおかしそうに笑った。
「なにか食べた?」
横顔を少し旭へ向けて、伊達が訊いてくる。
もちろんまだなにも食べていなかったけれど、ホールへ入る前と比べて、旭の食欲は急降下で減退していた。
「忘れた」
短く返した旭を隣から数秒じっと見て、伊達は「そう」と、小声で相槌《あいづち》をうち、前を向く。
購買ブースで第三希望までが書かれたメモ通りのパンを買い込んだあと、伊達と一緒に旭もホールを出た。
渡り廊下を生徒指導室がある総務棟へ抜ける。歩く廊下の色が変わり、生徒指導室が前方に近づいてきた頃、「なにかあった?」と、伊達が静かな声で尋ねてきた。
「今日の六曜、なんだか知ってる?」
訊き返す旭の横顔を、伊達がチラと見る。
「赤口――だったかな」
「なんだ。仏滅かと思った」
本当に、今日の六曜は仏滅だと旭は決め込んでいた。ここまで気が重くなるのは久しぶりかもしれない。
生徒指導室の扉前で、「じゃあ、」と、離れようとした旭の手首を伊達が引き止める。
「大丈夫?」
心配げな目を向けられて、旭は平気だと首をふった。
「今週はずっと、昼休みも放課後もこの調子だと思うから」
伊達が片眉を下げて言う。
「帰りも?」
「うん、遅くなるね。先に帰っていてくれていいから」
伊達は掴んでいた旭の手首を放すと、左腕に抱えていた購買袋の中から、サンドイッチの包みを一つ、旭へ手渡した。
「じゃあまた、帰ってからね」
旭へ優しい目を残し、伊達は生徒指導室のドアノブに手をかける。その上から、旭は掌を重ねた。
「キス、したいな」
言ってすぐに、旭は視線を落とす。それを掬い上げるように、伊達の唇が斜めに旭の唇へ触れた。数秒の静止を終え、触れてきたときと同じで、伊達のほうから唇が離れる。旭は目と唇をうっすらと開いて、伊達を見上げた。
「冗談だった?」
小さく、伊達が尋ねてくる。旭は顎を上向けて、今度は自分から伊達にくちづけた。
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