和書>小説・ノンフィクション>ボーイズラブ小説>社会人
著者プロフィール
剛 しいら(ごう しいら)
6月9日生まれ東京都出身。魚座・A型。趣味は映画・舞台・格闘技・F1鑑賞。プラチナ文庫、ルビー文庫、アズ・ノベルズなどで作品を多数発表。
6月9日生まれ東京都出身。魚座・A型。趣味は映画・舞台・格闘技・F1鑑賞。プラチナ文庫、ルビー文庫、アズ・ノベルズなどで作品を多数発表。
解説
佐川幹は老舗和菓子店『緑風堂』の次男。家は継がずに茶道を教えていたが、諸々の事情で店の経営をすることに。 そんな時、不動産会社の社員・西脇篤史が土地の売却を求めて訪ねて来た。 幹に売却の意志は無かったが、西脇とは何度でも会いたいと思うようになっていた。 自分が男しか愛せないと気付いて以来、人を好きになることから逃げていた幹にとって、それは初めての経験で――。
※ イラストは含まれていません
※ イラストは含まれていません
抄録
「失礼かもしれないけど、二十五になるまで、一度も、その……そういう経験ないのか?」
「ありません」
呆れたというように、西脇は大きく首を振った。
「君みたいに綺麗な男だったら、その気になればいくらだって相手はいるだろ? お茶の関係者の中にだって、いるかもしれないのに。あのさ、別に男が好きだからって、そんなの悪いことでも何でもないんだよ」
西脇がさらりと肯定してしまったので、幹はどうしていいのか分からなくなった。
正直に告白したら、西脇が不快に思うだろうとしか、幹は考えていなかったのだ。
「なぁ、もしかして一生、誰とも恋愛しないで、一人で生きていくつもり? それとも店のために、そんな自分を偽って、金持ちのお嬢様とでも結婚するのか?」
「いえ、結婚はしません」
「俺は……打算で結婚した。上司の娘でお嬢様育ちだったから、父に誇れると思って結婚したんだ。嫁さんにすまないといつも思ってるのは、本当はそこさ。彼女が死んだとき、哀しみながら、どこかほっとしてた」
その告白は意外だった。幹はじっと西脇を見つめ、その顔に嘘がないか探ろうとした。
とても嘘をついているようには見えない。なぜなら西脇は少しも笑っていなくて、苦しそうに見えたからだ。
「自分を捨てて、いい子でいれば、周りにとっては確かにありがたい存在さ。だけど自分は苦しくなる。会社では精一杯働き、彼女の前ではいい夫でいて、父の前では完璧な息子でいる。もしあの状態がずっと続いていたら、俺は壊れていたかもしれない」
「正直に話してくださって、嬉しいです」
「うん、君が以前の俺と同じように、無理してると思ったからさ。立場は分かるけどね。そのままじゃ、いつか心が壊れるぞ」
「はい……」
鼻の奥に、つんとくるものがあった。このままではまずい。泣いてしまいそうだ。
幹は下唇を噛みしめて、どうにか自分をごまかそうとした。
「本音を言うとね。契約取れるように、俺、君に気に入られようと必死だったんだ。プールに誘ったのも、実は計算さ」
「えっ……」
さらに意外な告白に、幹は一瞬で涙を忘れた。
「俺を見てる目つきとか、時々、顔を赤らめる表情とかで、もしかしたらと思ってた。俺はずるい人間だからね。自分が君みたいなタイプの男達に、もてるってことも知ってる」
「そうなんですか?」
「ああ、水泳やってる体してるとね。スパで泳いだりサウナに行くだけで、誘われたりするもんさ。体には自信あったから、君の気を惹こうとプールに誘った」
「……」
もしかしたらベッドで一緒に横たわったのも、それとなく誘う口実を、幹に与えるつもりだったのかもしれない。
そこまで考えて、幹の顔色は青ざめた。
「罪悪感を感じるのは、君じゃない。俺のほうだ。君がそんなに純情で、純真だとは思わなかった。失礼なことしたな、謝るよ」
「そんな……」
「体、張ってでも契約を取ろうとする。嫌な男だろ?」
「……いいえ、正直に話してくださったので、嫌な人だとは思えません」
西脇はとうに、幹の揺れる感情に気がついていたのだろう。人の顔色を窺うことをずっとしてきて、仕事でもそれを生かしてきた男だ。子供のような幹の気持ちなど、読み取るのに苦労はしなかった筈だ。
「僕って、子供ですよね」
「そうだね。疑うことも少し学んだほうがいい。それともなければ、何でも相談出来る、年上の世慣れた相手を見つけることだよ」
「西脇さんみたいな?」
幹はやっと微笑むことが出来た。すると西脇も、つられて微笑む。いつものように明るい笑顔だったが、作り物めいた感じではなかった。
「でも君は、正直で勇気がある。自分の気持ちを偽らずに、ちゃんと告白してくれた。俺は、今、恥ずかしい気持ちでいっぱいだよ」
「そんな……」
「ここで帰るなんて言わないで欲しい。土地の売買のことはもう忘れよう。もう一度、何もないところから、お互いに近づく努力をしていかないか?」
「何のためにですか? 僕は……おかしな期待をしてしまいます。それでは迷惑でしょ?」
「俺にもよく分からない。ともかく、食事して、そして……そうだ。お茶を飲もう。せっかく茶室があるんだし。君は、あそこでなら冷静になれるだろ?」
幹は立ち上がり、茶室に近づいた。
掛物も花も、それなりに用意されている。きっとこのホテルのスタッフの中に、茶道を学んだ者がいて、きちんと整えているのだろう。
「ベッドで寝てしまったのは、あれは計画でも何でもない。君が無心で寝てる様子みてたら、つい誘われただけだ」
西脇は立ち上がると、幹の疑念を知っていたかのようにさらりと言う。
「言うだけ言ったら、何か心が軽くなった。お互い、隠し事はなしでいこう」
*この続きは製品版でお楽しみください。
「ありません」
呆れたというように、西脇は大きく首を振った。
「君みたいに綺麗な男だったら、その気になればいくらだって相手はいるだろ? お茶の関係者の中にだって、いるかもしれないのに。あのさ、別に男が好きだからって、そんなの悪いことでも何でもないんだよ」
西脇がさらりと肯定してしまったので、幹はどうしていいのか分からなくなった。
正直に告白したら、西脇が不快に思うだろうとしか、幹は考えていなかったのだ。
「なぁ、もしかして一生、誰とも恋愛しないで、一人で生きていくつもり? それとも店のために、そんな自分を偽って、金持ちのお嬢様とでも結婚するのか?」
「いえ、結婚はしません」
「俺は……打算で結婚した。上司の娘でお嬢様育ちだったから、父に誇れると思って結婚したんだ。嫁さんにすまないといつも思ってるのは、本当はそこさ。彼女が死んだとき、哀しみながら、どこかほっとしてた」
その告白は意外だった。幹はじっと西脇を見つめ、その顔に嘘がないか探ろうとした。
とても嘘をついているようには見えない。なぜなら西脇は少しも笑っていなくて、苦しそうに見えたからだ。
「自分を捨てて、いい子でいれば、周りにとっては確かにありがたい存在さ。だけど自分は苦しくなる。会社では精一杯働き、彼女の前ではいい夫でいて、父の前では完璧な息子でいる。もしあの状態がずっと続いていたら、俺は壊れていたかもしれない」
「正直に話してくださって、嬉しいです」
「うん、君が以前の俺と同じように、無理してると思ったからさ。立場は分かるけどね。そのままじゃ、いつか心が壊れるぞ」
「はい……」
鼻の奥に、つんとくるものがあった。このままではまずい。泣いてしまいそうだ。
幹は下唇を噛みしめて、どうにか自分をごまかそうとした。
「本音を言うとね。契約取れるように、俺、君に気に入られようと必死だったんだ。プールに誘ったのも、実は計算さ」
「えっ……」
さらに意外な告白に、幹は一瞬で涙を忘れた。
「俺を見てる目つきとか、時々、顔を赤らめる表情とかで、もしかしたらと思ってた。俺はずるい人間だからね。自分が君みたいなタイプの男達に、もてるってことも知ってる」
「そうなんですか?」
「ああ、水泳やってる体してるとね。スパで泳いだりサウナに行くだけで、誘われたりするもんさ。体には自信あったから、君の気を惹こうとプールに誘った」
「……」
もしかしたらベッドで一緒に横たわったのも、それとなく誘う口実を、幹に与えるつもりだったのかもしれない。
そこまで考えて、幹の顔色は青ざめた。
「罪悪感を感じるのは、君じゃない。俺のほうだ。君がそんなに純情で、純真だとは思わなかった。失礼なことしたな、謝るよ」
「そんな……」
「体、張ってでも契約を取ろうとする。嫌な男だろ?」
「……いいえ、正直に話してくださったので、嫌な人だとは思えません」
西脇はとうに、幹の揺れる感情に気がついていたのだろう。人の顔色を窺うことをずっとしてきて、仕事でもそれを生かしてきた男だ。子供のような幹の気持ちなど、読み取るのに苦労はしなかった筈だ。
「僕って、子供ですよね」
「そうだね。疑うことも少し学んだほうがいい。それともなければ、何でも相談出来る、年上の世慣れた相手を見つけることだよ」
「西脇さんみたいな?」
幹はやっと微笑むことが出来た。すると西脇も、つられて微笑む。いつものように明るい笑顔だったが、作り物めいた感じではなかった。
「でも君は、正直で勇気がある。自分の気持ちを偽らずに、ちゃんと告白してくれた。俺は、今、恥ずかしい気持ちでいっぱいだよ」
「そんな……」
「ここで帰るなんて言わないで欲しい。土地の売買のことはもう忘れよう。もう一度、何もないところから、お互いに近づく努力をしていかないか?」
「何のためにですか? 僕は……おかしな期待をしてしまいます。それでは迷惑でしょ?」
「俺にもよく分からない。ともかく、食事して、そして……そうだ。お茶を飲もう。せっかく茶室があるんだし。君は、あそこでなら冷静になれるだろ?」
幹は立ち上がり、茶室に近づいた。
掛物も花も、それなりに用意されている。きっとこのホテルのスタッフの中に、茶道を学んだ者がいて、きちんと整えているのだろう。
「ベッドで寝てしまったのは、あれは計画でも何でもない。君が無心で寝てる様子みてたら、つい誘われただけだ」
西脇は立ち上がると、幹の疑念を知っていたかのようにさらりと言う。
「言うだけ言ったら、何か心が軽くなった。お互い、隠し事はなしでいこう」
*この続きは製品版でお楽しみください。
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