和書>小説・ノンフィクション>ライトノベル>異世界ファンタジー
著者プロフィール
花田 一三六(はなだ いさむ)
1971〜
福岡県在住。大阪の調理師学校卒業後、ホテルに入社するも1ヶ月でリタイア。小説家を目指してアルバイト生活を続ける。1994年角川書店の雑誌「ザ・スニーカー」において短編「八の弓、死鳥の矢」でデビュー。その後は思い出したように本を出しながら、現在に至る。
1971〜
福岡県在住。大阪の調理師学校卒業後、ホテルに入社するも1ヶ月でリタイア。小説家を目指してアルバイト生活を続ける。1994年角川書店の雑誌「ザ・スニーカー」において短編「八の弓、死鳥の矢」でデビュー。その後は思い出したように本を出しながら、現在に至る。
解説
巨漢の樵が戦場で振るう血塗れの鉞。そこに籠められていたのは妻と、そしてまだ見ぬ子への想いだった。屈強な傭兵が、ある日剣を捨て鍬を持った。いったい何が彼にそんな決意をさせたのだろうか。憑かれたように女人像を彫り続ける石工。彼の奇行の深奥には、幼い日の忘れえぬ記憶があった。そして名もなき荷駄隊の人夫が目撃した戦場の本当の姿とは……。王侯貴族から傭兵、そして市井の人々にまで隈なく光をあて、その生き様を繊細に、しかし大胆に、あますところなく描ききった珠玉の短編集。大陸シリーズ未収録短編八本が、遂にこの一冊に集結!
目次
人斬り
豪兵伝
女人像奇談
工房小話
最後の仕事
導く女
轍の記
農夫の剣
豪兵伝
女人像奇談
工房小話
最後の仕事
導く女
轍の記
農夫の剣
抄録
悪党が一人、登場する。男である。年は三十路を少し越えたところか。みかけは痩身。細い顎には無精髭があった。
後ガゼルーン帝国黄金期、三代皇帝アルデシールの御世である。今から、おおよそ九百年前のことであった。
当時の帝都は、後に神皇帝セヴェロスが都をおいた、カルディアにある。現存する戸籍台帳から推定して、人口は二十万後半から三十万の前半。大都市であった。
さて、その悪党であるが、帝都カルディアの目抜き通りに面した酒場にいる。はやっていない様子で、客は、男も含めて五人であった。
男は酒を呑まない。下戸である。代わりに飯を二人前も平らげていた。果汁を混ぜた酸味のある水を飲み干すと、杯を持ち上げて酒場の主人を呼ぶ。
「旦那。景気がいいね」
主人は水の代金を前掛けに放り込み、みずから水差しで注いだ。先程からの食いっぷりの良さに、感動すら覚えている。
「これから仕事がある」
男の口調は無愛想であったが、性根の悪い人間とはおもえない。
「そうですかい。腹ごしらえってわけだ」
対照的に愛想のかたまりでこたえつつ、内心で首をひねる。もう日が暮れた。宵の口とはいえ、いまから仕事とは珍しい。
ちらりと視線を卓の脇に走らせると、竿状のものが見える。渋色の木綿に包んで、壁に立てかけてあった。一目で、剣だとわかる。
(首を突っ込まねぇほうが、身のためか)
と、長年培った経験が訴えていた。詮索はしないことにする。
後ガゼルーン帝国では、個人の武装について一切の法的規制がなかった。極端な話、甲冑、佩剣でもって街を徘徊してもお咎めを受けるということはない。
ないが、異様である。剣を持つのは、主に傭兵や町の警察権を行使する連中であった。
男の風体は、どちらにも当てはまらない。目つきに険はないし、体格も、みかけは前述の通り痩身だ。身なりも一般的である。渋色の木綿包みだけが異彩を放っていた。
四半刻(三十分)後。
男は、音も立てずに動いていた。
ちょうど、客のひとりが席を外したところだった。大柄で、豪毅と粗野が紙一重に近い客である。小便でもしに行ったのだろう。酒を下げるなと言い置いていた。
主人だけは男の動きに気づいている。初めから目の片隅で観察していた。厭な予感がするのだが、本能の警告に従って黙っている。出ていくのも気づかない素振りをした。食事の代金は前払いであるから問題ない。
たっぷり五百を数えてから、主人は店脇の路地へ灯を持って行ってみた。
あの、大柄な客が、頭を割られて死んでいた。振り返ったところに一撃を食らったようで、血に濡れた瞳が夜空を見つめている。
金貨が三枚、死体の足元にあった。死者の酒代と迷惑料といったところか。
壁のせまった狭い道には血臭が充満している。
無惨な遺体を見下ろしたまま、主人は無愛想な男の顔を思い出そうとして愕然とした。思い出せぬ。観察していたにもかかわらず、視界から消えた途端に忘れていた。
その存在感の希薄さに、大きく身震いをした。
*この続きは製品版でお楽しみください。
後ガゼルーン帝国黄金期、三代皇帝アルデシールの御世である。今から、おおよそ九百年前のことであった。
当時の帝都は、後に神皇帝セヴェロスが都をおいた、カルディアにある。現存する戸籍台帳から推定して、人口は二十万後半から三十万の前半。大都市であった。
さて、その悪党であるが、帝都カルディアの目抜き通りに面した酒場にいる。はやっていない様子で、客は、男も含めて五人であった。
男は酒を呑まない。下戸である。代わりに飯を二人前も平らげていた。果汁を混ぜた酸味のある水を飲み干すと、杯を持ち上げて酒場の主人を呼ぶ。
「旦那。景気がいいね」
主人は水の代金を前掛けに放り込み、みずから水差しで注いだ。先程からの食いっぷりの良さに、感動すら覚えている。
「これから仕事がある」
男の口調は無愛想であったが、性根の悪い人間とはおもえない。
「そうですかい。腹ごしらえってわけだ」
対照的に愛想のかたまりでこたえつつ、内心で首をひねる。もう日が暮れた。宵の口とはいえ、いまから仕事とは珍しい。
ちらりと視線を卓の脇に走らせると、竿状のものが見える。渋色の木綿に包んで、壁に立てかけてあった。一目で、剣だとわかる。
(首を突っ込まねぇほうが、身のためか)
と、長年培った経験が訴えていた。詮索はしないことにする。
後ガゼルーン帝国では、個人の武装について一切の法的規制がなかった。極端な話、甲冑、佩剣でもって街を徘徊してもお咎めを受けるということはない。
ないが、異様である。剣を持つのは、主に傭兵や町の警察権を行使する連中であった。
男の風体は、どちらにも当てはまらない。目つきに険はないし、体格も、みかけは前述の通り痩身だ。身なりも一般的である。渋色の木綿包みだけが異彩を放っていた。
四半刻(三十分)後。
男は、音も立てずに動いていた。
ちょうど、客のひとりが席を外したところだった。大柄で、豪毅と粗野が紙一重に近い客である。小便でもしに行ったのだろう。酒を下げるなと言い置いていた。
主人だけは男の動きに気づいている。初めから目の片隅で観察していた。厭な予感がするのだが、本能の警告に従って黙っている。出ていくのも気づかない素振りをした。食事の代金は前払いであるから問題ない。
たっぷり五百を数えてから、主人は店脇の路地へ灯を持って行ってみた。
あの、大柄な客が、頭を割られて死んでいた。振り返ったところに一撃を食らったようで、血に濡れた瞳が夜空を見つめている。
金貨が三枚、死体の足元にあった。死者の酒代と迷惑料といったところか。
壁のせまった狭い道には血臭が充満している。
無惨な遺体を見下ろしたまま、主人は無愛想な男の顔を思い出そうとして愕然とした。思い出せぬ。観察していたにもかかわらず、視界から消えた途端に忘れていた。
その存在感の希薄さに、大きく身震いをした。
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