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著者プロフィール
小松 左京(こまつ さきょう)
1931年1月28日、大阪生まれ。京都大学文学部卒。経済誌記者、町工場の工場長、漫才の台本作家など経て、「地には平和を」でデビュー。以後、「日本アパッチ族」「復活の日」「継ぐのは誰か?」「果しなき流れの果に」など話題作を次々と発表、日本SF界の中心的存在となる。日本推理作家賞を受賞した「日本沈没」は空前のベストセラーとなった。前記の長編にくわえて、短編集、ショートショート、評論、エッセイ、ルポルタージュなど幅広い分野で活躍している。
「BookPark」にてオンデマンド版「小松左京全集」を発売しています。詳しくは http://shop.bookpark.ne.jp/sakyo/ をご覧ください。
1931年1月28日、大阪生まれ。京都大学文学部卒。経済誌記者、町工場の工場長、漫才の台本作家など経て、「地には平和を」でデビュー。以後、「日本アパッチ族」「復活の日」「継ぐのは誰か?」「果しなき流れの果に」など話題作を次々と発表、日本SF界の中心的存在となる。日本推理作家賞を受賞した「日本沈没」は空前のベストセラーとなった。前記の長編にくわえて、短編集、ショートショート、評論、エッセイ、ルポルタージュなど幅広い分野で活躍している。
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解説
“ある日突然自分の「影」がそこに「存在」するようになってしまった!!”時間と空間のひずみを描く。
1963年10月「SFマガジン」に掲載された作品。
1963年10月「SFマガジン」に掲載された作品。
目次
影が重なる時
抄録
野村は、‘何もない’空間をどんどんたたいて見せた。「ここに、ちゃんとあるのに――お前には見えないし、さわれもしないなんて……」
「しっかり立ってるようだな」と津田はつぶやいた。「死んでいるように見えるか? 生きているように見えるか?」
「そうだな」野村は眉をしかめた。「半分死んで、半分生きてるみたいに見える――毛穴から、眼の上の傷痕まで俺とそっくりだが――こちこちの石像みたいだ」
「コーヒーをくれ……」津田はいった。「頭がいたくなってきた」
二人は椅子を起して、生ぬるいコーヒーをのんだ。
「いったいどういうわけだ」と津田はつぶやいた。「お前にとって、‘あれ’は存在する。だのに、俺にとっては存在しない」
「一体‘あれ’は――」野村は胸わるそうに唾をのんだ。「どこから来たんだ?
いつかまたふいと消えちまうのかな?」
その時、野村の部屋の電話が鳴った。津田は、足にコードをひっかけてたぐりよせ、ぼんやりと頭に浮んだことをつぶやいた。
「精神病院に一台大至急まわしてくれ。今すぐ救急車で入院させないと……」
「誰か来て!」と受話器のむこうで、女の悲鳴がきこえた。
「誰でもいいから早く来て! 私こわいの」
「ユリちゃんかい?」ようやく声をききわけて、津田はききかえした。「君の所も、その――君の幽霊が出たのか?」
「わかってるなら、早く来てちょうだい」ユリ子の声は上ずっていた。「でないと、私、自殺しちゃうわ」
「お仲間ができたぜ」津田は電話を切りながらいった。「誰でもいいから来てくれとさ。ここにいるか?」
「行くとも」野村は雄々しく立ち上りながらパジャマの上衣をぬいで床の上になげすてた。それを見た時、ハッとして、津田は野村の腕をつかんだ。
「見たか?」と彼は床におちたパジャマの位置を指さしていった。
「パジャマは、お前をつきぬけたようだぜ……」
「本当だ……」と野村は眼を細めてつぶやいた。「彼の着ていたパジャマは‘こいつ’をつきぬける――俺はつきぬけられない」
「今、‘あの’お前はどんな服装をしている?」
津田は何か頭にひらめくのを感じながらきいた。
「そうだな――ポロシャツにフラノのズボンだ。不精‘ひげ’をはやして、やつれた顔でびっくりしたように窓を見上げている」
「腕時計は?」
「はめてる。どうして?」
「なげてみろ」
野村はショックプルーフの腕時計を、手首からはずして、パジャマの落ちた空間へむかって投げた。それは丁度パジャマの手前の空間で、何かにあたってはねかえり、パタリと床におちた――二人は顔を見あわせた。野村はフラノのズボンをタンスからひっぱり出すと、そいつをほうりなげてみた。ズボンは津田の眼には何もないように見える空間にひっかかって、だらりとぶらさがった。
「わかったぞ!」野村はつぶやいた。「つまり……」
「そうだ!」と津田も叫んだ。「つまり……」
二人の視線があった。――だが、結局何もわかっていなかった。‘そこにあるその空間’――‘それはもう’一人の野村が占めている。そこにはこの野村がはいりこめない。‘その’野村がつけている衣服類も、はいりこめない、――だがそれ以外のものにとっては、それはないにひとしいのだ。‘その’空間は、野村にとってのみ存在し、野村だけを選択的に排除する。だがなぜそんなことになったのかということは、まるきりわからない。
「しっかり立ってるようだな」と津田はつぶやいた。「死んでいるように見えるか? 生きているように見えるか?」
「そうだな」野村は眉をしかめた。「半分死んで、半分生きてるみたいに見える――毛穴から、眼の上の傷痕まで俺とそっくりだが――こちこちの石像みたいだ」
「コーヒーをくれ……」津田はいった。「頭がいたくなってきた」
二人は椅子を起して、生ぬるいコーヒーをのんだ。
「いったいどういうわけだ」と津田はつぶやいた。「お前にとって、‘あれ’は存在する。だのに、俺にとっては存在しない」
「一体‘あれ’は――」野村は胸わるそうに唾をのんだ。「どこから来たんだ?
いつかまたふいと消えちまうのかな?」
その時、野村の部屋の電話が鳴った。津田は、足にコードをひっかけてたぐりよせ、ぼんやりと頭に浮んだことをつぶやいた。
「精神病院に一台大至急まわしてくれ。今すぐ救急車で入院させないと……」
「誰か来て!」と受話器のむこうで、女の悲鳴がきこえた。
「誰でもいいから早く来て! 私こわいの」
「ユリちゃんかい?」ようやく声をききわけて、津田はききかえした。「君の所も、その――君の幽霊が出たのか?」
「わかってるなら、早く来てちょうだい」ユリ子の声は上ずっていた。「でないと、私、自殺しちゃうわ」
「お仲間ができたぜ」津田は電話を切りながらいった。「誰でもいいから来てくれとさ。ここにいるか?」
「行くとも」野村は雄々しく立ち上りながらパジャマの上衣をぬいで床の上になげすてた。それを見た時、ハッとして、津田は野村の腕をつかんだ。
「見たか?」と彼は床におちたパジャマの位置を指さしていった。
「パジャマは、お前をつきぬけたようだぜ……」
「本当だ……」と野村は眼を細めてつぶやいた。「彼の着ていたパジャマは‘こいつ’をつきぬける――俺はつきぬけられない」
「今、‘あの’お前はどんな服装をしている?」
津田は何か頭にひらめくのを感じながらきいた。
「そうだな――ポロシャツにフラノのズボンだ。不精‘ひげ’をはやして、やつれた顔でびっくりしたように窓を見上げている」
「腕時計は?」
「はめてる。どうして?」
「なげてみろ」
野村はショックプルーフの腕時計を、手首からはずして、パジャマの落ちた空間へむかって投げた。それは丁度パジャマの手前の空間で、何かにあたってはねかえり、パタリと床におちた――二人は顔を見あわせた。野村はフラノのズボンをタンスからひっぱり出すと、そいつをほうりなげてみた。ズボンは津田の眼には何もないように見える空間にひっかかって、だらりとぶらさがった。
「わかったぞ!」野村はつぶやいた。「つまり……」
「そうだ!」と津田も叫んだ。「つまり……」
二人の視線があった。――だが、結局何もわかっていなかった。‘そこにあるその空間’――‘それはもう’一人の野村が占めている。そこにはこの野村がはいりこめない。‘その’野村がつけている衣服類も、はいりこめない、――だがそれ以外のものにとっては、それはないにひとしいのだ。‘その’空間は、野村にとってのみ存在し、野村だけを選択的に排除する。だがなぜそんなことになったのかということは、まるきりわからない。
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