和書>小説・ノンフィクション>エンターテインメント小説>企業・経済小説
著者プロフィール
清水 一行(しみず いっこう)
昭和六年一月十二日東京生まれ。早稲田大学中退後「東洋経済」「週刊現代」などの雑誌で株式評論を執筆、証券業界に活躍する男たちを描いた処女長篇企業小説『兜町(しま)』を四十一年に発表、作家生活に入る。その後はベストセラー作品を立て続けに発表し、企業小説の旗手と呼ぶにふさわしい活躍をしている。四十八年には、低公害車が全国キャンペーン中に事故を起こすという発端の処女長篇推理小説『噂の安全車(セーフティカー)』を刊行、企業ミステリーや社会派サスペンスも発表している。
『動脈列島』で第二十八回日本推理作家協会賞を受賞。
昭和六年一月十二日東京生まれ。早稲田大学中退後「東洋経済」「週刊現代」などの雑誌で株式評論を執筆、証券業界に活躍する男たちを描いた処女長篇企業小説『兜町(しま)』を四十一年に発表、作家生活に入る。その後はベストセラー作品を立て続けに発表し、企業小説の旗手と呼ぶにふさわしい活躍をしている。四十八年には、低公害車が全国キャンペーン中に事故を起こすという発端の処女長篇推理小説『噂の安全車(セーフティカー)』を刊行、企業ミステリーや社会派サスペンスも発表している。
『動脈列島』で第二十八回日本推理作家協会賞を受賞。
解説
一攫千金を狙う得意先の旅館経営者グループに、株の買占め話を持ちかけられた中小証券会社の営業部長・美川道三。サラリーマンの立場でこの話に協力するのはリスクが大きいと考えた彼は、出資者の1人として株の売買の実権を握る。
2度とめぐって来ないチャンス。成功すれば億万長者、しかし失敗すればすべてを失う。人生において、最大のギャンブル。天国をみるか、はたまた地獄をみるかは、場での駆け引きや腕しだい。さあ美川の将来はいかに……。
たとえ株をやったことがないあなたも、このスリルに全身をゾクゾクさせるに違いない。
2度とめぐって来ないチャンス。成功すれば億万長者、しかし失敗すればすべてを失う。人生において、最大のギャンブル。天国をみるか、はたまた地獄をみるかは、場での駆け引きや腕しだい。さあ美川の将来はいかに……。
たとえ株をやったことがないあなたも、このスリルに全身をゾクゾクさせるに違いない。
目次
一 章 三十三億円
二 章 上野相互銀行
三 章 割り込み作戦
四 章 裏と表の利害
五 章 買占めシンジケート
六 章 少数株主権
七 章 面の女
八 章 売り崩し
九 章 防戦買い
十 章 目標値千五百円
十一章 つ・け・ろ・買い戦法
十二章 暴行者
十三章 張り子の虎
十四章 虚業の系譜
十五章 鉄の封緘(ふうかん)
二 章 上野相互銀行
三 章 割り込み作戦
四 章 裏と表の利害
五 章 買占めシンジケート
六 章 少数株主権
七 章 面の女
八 章 売り崩し
九 章 防戦買い
十 章 目標値千五百円
十一章 つ・け・ろ・買い戦法
十二章 暴行者
十三章 張り子の虎
十四章 虚業の系譜
十五章 鉄の封緘(ふうかん)
抄録
美川はほっと胸をなでた。しかし次の瞬間、彼は椅子を蹴った。
「東部ゴム百六円、つづいて七円ができたよ」
場電係が、市場(しじょう)から、東部ゴムの出来値を伝えた。黒田が、緊張した美川の顔をのぞいた。
「これは買わなければいかん、飛んじゃうぜ」
客の一人が言った。すると、「東部ゴムを成り行きで五千買ってくれ」と、別な客が注文を出した。支店からの電話も一斉に鳴りはじめ、店の中は一瞬にして熱気につつまれた。資本金一億一千万円という過小資本株だ。ここでもし雷同買いが殺到したら、ひとたまりもなく値段は飛んでしまうだろう。そう思っているあいだにも支店が相ついで買い注文をいれてきた。
「東部ゴム成り行きで三千買う」
「八円まで五千買う」
「成り行きの三千が八千株に増えるよ。新宿支店だ」
「渋谷支店、東部ゴム一万買う」
美川はその注文の声を聞きながら、丹精こめて育てあげた花園を、土足で踏み荒されているような気がした。次第に美川の顔から血の気が引いていった。
「まずいですね」
黒田が低い声で言った。
「うちが買いの火元と見られているのに、こう買物をいれられたんじゃ、T新聞の記事を肯定しているようにとられちゃう……」
ぼやくような黒田の言葉を振り払い、美川は敏捷(びんしょう)にデスクを回って店の中央に出た。
「東部ゴム売りたい。買物を調べろ」
美川は、押しのけるように手を外側に向けて怒鳴った。
「やっぱり売るの」
奈良原が半信半疑で聞いた。
「売る。チャンスだもの」
「場は八カイ九ヤリ。八カイは三万」
「ようし、九円で十五万株、十円でおなじく十五万、十一円で五万、合計三十五万株売るぞ!」
彼は店中に響きわたる声で言った。そして振り向いた。その一声で、店内は砂浜に潮が滲(し)みこんでいくように、一切の雑音が消えた。
「やっぱりか」
うめくように客の一人が言った。
「売るなら売ると言ってくれればいいのに」
「美川さんが抜ける気じゃ、相場はないや」
株式部の係は、一斉に五つの支店へ電話をつないだ。
「部長が売るぞ」
「九円と十円で三十五万株の売り指値を出した」
「成り行きの買いをどうする」
たちまち混乱が起こった。買い指値を取り消そうとするもの、買えてしまった分についてどうしたらいいのかとか、見込みがなければ投げてしまおうとか、店先の客も、大あわてで売りの青い伝票を書く者があった。
「神谷、八円カイはいくつある」
追いかけるように美川が大声で聞いた。神谷は場へ聞くから待ってくれと言った。しかし美川のその一言で、投げをためらっていた者たちが、一斉に東部ゴム株に見切りをつけてきた。
「五千枚、投げよう。成り行き売りだ」
一人の客が怒鳴った。目先の相場を巧みに泳ぎわける半玄人(はんくろうと)が、追いたてられるように後につづいた。
「八円の買物はまだわからんのか」
場電係の神谷は汗だくだった。気配を通さなければならないし、そのあいだに売りの注文を場に伝えなければならなかった。支店からも、買ったばかりの東部ゴムを投げる注文がはいってきた。美川は、八円の買物はもうなくなったな、という見極めをつけて、
「面倒だ。八円カイをみんな売った!」
と、混乱した店内に気合い鋭く命じた。そのとき超短波放送が、東部ゴムの百七円を伝えた。
「部長、だめです。六カイしかありません」
美川はわざとらしく舌打ちをしてみせた。勝負はついた……。
それこそ一瞬の雷同買いであったから、冷えるのも早かった。どの株を誰がいくら買おうと、それはまったく自由だった。そのための証券市場である。美川が買っているからと言って、東部ゴム株にほかの者が手を出してはいけないというルールはない。同時に、そういう思惑玉を投げさせるのも自由だった。定められた規則の枠(わく)内で、思いきりチャンスを競(せ)りあう株の売買では、当然さまざまな駆(か)け引きや相場の技術ということが、勝敗のきめ手となってくるのだった。また、資力の差も、最後の優劣を左右するポイントであった。
「東部ゴム百六円、つづいて七円ができたよ」
場電係が、市場(しじょう)から、東部ゴムの出来値を伝えた。黒田が、緊張した美川の顔をのぞいた。
「これは買わなければいかん、飛んじゃうぜ」
客の一人が言った。すると、「東部ゴムを成り行きで五千買ってくれ」と、別な客が注文を出した。支店からの電話も一斉に鳴りはじめ、店の中は一瞬にして熱気につつまれた。資本金一億一千万円という過小資本株だ。ここでもし雷同買いが殺到したら、ひとたまりもなく値段は飛んでしまうだろう。そう思っているあいだにも支店が相ついで買い注文をいれてきた。
「東部ゴム成り行きで三千買う」
「八円まで五千買う」
「成り行きの三千が八千株に増えるよ。新宿支店だ」
「渋谷支店、東部ゴム一万買う」
美川はその注文の声を聞きながら、丹精こめて育てあげた花園を、土足で踏み荒されているような気がした。次第に美川の顔から血の気が引いていった。
「まずいですね」
黒田が低い声で言った。
「うちが買いの火元と見られているのに、こう買物をいれられたんじゃ、T新聞の記事を肯定しているようにとられちゃう……」
ぼやくような黒田の言葉を振り払い、美川は敏捷(びんしょう)にデスクを回って店の中央に出た。
「東部ゴム売りたい。買物を調べろ」
美川は、押しのけるように手を外側に向けて怒鳴った。
「やっぱり売るの」
奈良原が半信半疑で聞いた。
「売る。チャンスだもの」
「場は八カイ九ヤリ。八カイは三万」
「ようし、九円で十五万株、十円でおなじく十五万、十一円で五万、合計三十五万株売るぞ!」
彼は店中に響きわたる声で言った。そして振り向いた。その一声で、店内は砂浜に潮が滲(し)みこんでいくように、一切の雑音が消えた。
「やっぱりか」
うめくように客の一人が言った。
「売るなら売ると言ってくれればいいのに」
「美川さんが抜ける気じゃ、相場はないや」
株式部の係は、一斉に五つの支店へ電話をつないだ。
「部長が売るぞ」
「九円と十円で三十五万株の売り指値を出した」
「成り行きの買いをどうする」
たちまち混乱が起こった。買い指値を取り消そうとするもの、買えてしまった分についてどうしたらいいのかとか、見込みがなければ投げてしまおうとか、店先の客も、大あわてで売りの青い伝票を書く者があった。
「神谷、八円カイはいくつある」
追いかけるように美川が大声で聞いた。神谷は場へ聞くから待ってくれと言った。しかし美川のその一言で、投げをためらっていた者たちが、一斉に東部ゴム株に見切りをつけてきた。
「五千枚、投げよう。成り行き売りだ」
一人の客が怒鳴った。目先の相場を巧みに泳ぎわける半玄人(はんくろうと)が、追いたてられるように後につづいた。
「八円の買物はまだわからんのか」
場電係の神谷は汗だくだった。気配を通さなければならないし、そのあいだに売りの注文を場に伝えなければならなかった。支店からも、買ったばかりの東部ゴムを投げる注文がはいってきた。美川は、八円の買物はもうなくなったな、という見極めをつけて、
「面倒だ。八円カイをみんな売った!」
と、混乱した店内に気合い鋭く命じた。そのとき超短波放送が、東部ゴムの百七円を伝えた。
「部長、だめです。六カイしかありません」
美川はわざとらしく舌打ちをしてみせた。勝負はついた……。
それこそ一瞬の雷同買いであったから、冷えるのも早かった。どの株を誰がいくら買おうと、それはまったく自由だった。そのための証券市場である。美川が買っているからと言って、東部ゴム株にほかの者が手を出してはいけないというルールはない。同時に、そういう思惑玉を投げさせるのも自由だった。定められた規則の枠(わく)内で、思いきりチャンスを競(せ)りあう株の売買では、当然さまざまな駆(か)け引きや相場の技術ということが、勝敗のきめ手となってくるのだった。また、資力の差も、最後の優劣を左右するポイントであった。
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