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義務と結婚

義務と結婚

著: ケイト・ウォーカー 翻訳: 春野ひろこ
発行: ハーレクイン
シリーズ: ハーレクイン文庫ハーレクイン文庫コンテンポラリー
価格:525円(税込)
10ポイント還元
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対応端末:パソコン ソニー“Reader”
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著者プロフィール

 ケイト・ウォーカー(Kate Walker)
 イングランド中部ノッティンガムシャーの生まれだが、ブロンテ姉妹の生地ヨークシャーで育った。ウェールズの大学、大学院に学び、ブロンテ姉妹の研究で修士号を取得した。夫とは学生時代に知り合う。児童館の司書から出発し、息子の誕生を機に作家活動を開始した。刺繍や編み物が趣味。

解説

 幼稚園教師として働くナタリーの家に、ある夜、十代の頃から恋い焦がれてきたピアスが不意に現れた。ピアスは、母が使用人として働いていた名家の御曹司で、どこかの美しい令嬢と婚約したばかりだ。彼がどうしてここに? しかも、なぜひどく憔悴しているの? 問いただすと、ピアスは婚約を破棄されたのだと打ち明け、ナタリーは慰めたい一心で彼を家に泊め、愛を交わしてしまう。ただ一度の、忘れられない思い出で終わるはずだった――。一カ月後、妊娠という現実が襲いかかってくるまでは。

抄録

「絶対に帰さないわよ!」
 痣ができそうなほどきつく腕をつかまれ、ナタリーは息をのんだ。ピアスは彼女の目をのぞき込み、そこに断固たる決意と挑戦と、そして恐怖を見てとった。
「ああ、くそ!」彼は荒々しい声で言い、唐突に手を離した。あまりに唐突だったので、ナタリーはもう少しで床に倒れそうになった。「わかった、きみを黙らせるためなら仕方ない、ぼくの負けだ。部屋はどこだい?」
「階段を上がって右のいちばん手前よ。バスルームはそのすぐ隣」
 ナタリーは勝利になんの喜びも感じなかった。彼は泊まるのがいやだということをそんなにも露骨に示さなければならなかったのだろうか。おやすみとぶっきらぼうに言って階段を上っていく後ろ姿を見送りながら、彼女は思った。
 ぼんやりしていないで、早く洗い物を片づけてしまいなさい。そうでもしなければ、ついピアスのことを想像してしまうから。水色と白で統一された寝室で服を脱ぐピアス。シーツのあいだに潜り込む引きしまったたくましい体……。
「空の牛乳瓶を外に出して、ドアに鍵をかけて、ガスの元栓を閉めて、明かりを消して……」ピアスに対するどうにもならない思いをまぎらそうと、ナタリーは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。二十分ぐらいして上がっていけば、彼はもう寝ついているかしら?
 きっと大丈夫だろう。それに、もう真夜中に近い。わたしは七時前に起きなければならないのだから、早くベッドに入らないと。
 だが、今夜はとても眠れそうになかった。ナタリーは寝室で丈の短い紺色のナイトドレスに着替え、ベッドに入る前に歯を磨いた。向かいの部屋にピアスがいると考えただけで、目が冴えてしまう。彼が少しでも体を動かすたびに、古ぼけたベッドのきしむ音が聞こえてくるに違いない。
 いい加減にしなさい!
 血が上った頭を冷やそうと、冷たい水で勢いよく顔を洗った。顔を拭いているとき、ピアスに新しいタオルを渡していなかったことを思い出した。きっと明日の朝、彼はバスルームを使いたいと思うだろう。
 アルコールのせいで彼はもうぐっすり眠っているはず。そう思って客用寝室のドアを開けると、ベッドサイドのランプがついていたので、ナタリーは一瞬どきっとした。だがピアスのまぶたは閉じ、黒いまつげが頬に長い影を落としている。ただタオルを置いて出ていこう。彼女は忍び足でベッドに近づいていった。
 ところが、ランプを消そうと手を伸ばしたとき、ピアスの濃いまつげがゆっくりと上がり、ナタリーは凍りついた。少し焦点の定まらない、眠たげなサファイアブルーの瞳を見つめるしかなかった。
「ナタリー……」ピアスの唇から疲れた吐息がもれた。「なんの用だい?」
「タオルを持ってきただけよ。さっき渡すのを忘れたから」ベッドの足元に置いたタオルをぎこちなく手で指し示す。「明日の朝、シャワーを浴びたいだろうと思って」
「ありがとう」
 もう行っていいよ。彼の無関心な口ぶりはそう語っている。ふたたびまぶたが閉じ、きみに用はないとはっきり釘をさされた。
「さてと、わたしは失礼するわ」
「うん」
「それじゃ……おやすみなさい」
 懸命にこらえようとしたにもかかわらず、悲しそうな声になってしまった。それを聞きつけたピアスがもう一度目を開けた。
「ナット……」彼の声は低く、妙な具合にかすれていた。「いろいろありがとう」
 ピアスの表情がかすかに変化し、ふいに枕の上に半身を起こして片手をさしだした。
「きみが家にいてくれなかったら、ぼくはどうしていたかわからない」
「どういたしまして」
 ナタリーは努めて事務的な口調を装ったが、ベッドの端に腰を下ろして彼の熱い手をとると、心臓がびくんと跳ねあがった。
「だって、友達ってこういうときのためにいるものでしょう?」ピアスの手を名残惜しげにほんの少しだけ長く握ってから、意を決して立ちあがろうとした。「さあ、もう行くわ。あなたは平気でも、わたしは寝ないと。明日は朝が早いから……」
「ナット」ピアスがさし迫った荒々しい声でさえぎった。「行かないでくれ。ひとりになりたくないんだ、今夜は」
「でも……」ナタリーは急に黒みを帯びた彼の瞳から目が離せなくなった。「ピアス……」
「頼む。下心なんて何もない。だいいち、ぼくはもう半分眠っている状態だ。居間にいたときすでにくたくただったんだ。酒を飲みすぎているから、とうてい女性にとって危険な存在にはなりえない。それに、ぼくたちは友達じゃないか」
「でも……」
「お願いだよ」
 ピアスの低く訴える声にあらがえるほど、ナタリーの意志は強くなかった。そのうえ、彼は早くも眠りに落ちようとしていた。まぶたは閉じ、呼吸がしだいに深くなっていく。
「支えが欲しいんだ……」
「え?」
「支えてくれる手が……」
 ナタリーは下唇を噛みしめた。一瞬のうちにここ十数年間を飛び越え、彼女はもう一度痩せっぽちの少女に戻っていた。

*この続きは製品版でお楽しみください。

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