和書>小説・ノンフィクション>エンターテインメント小説>企業・経済小説
著者プロフィール
清水 一行(しみず いっこう)
昭和六年一月十二日東京生まれ。早稲田大学中退後「東洋経済」「週刊現代」などの雑誌で株式評論を執筆、証券業界に活躍する男たちを描いた処女長篇企業小説『兜町(しま)』を四十一年に発表、作家生活に入る。その後はベストセラー作品を立て続けに発表し、企業小説の旗手と呼ぶにふさわしい活躍をしている。四十八年には、低公害車が全国キャンペーン中に事故を起こすという発端の処女長篇推理小説『噂の安全車(セーフティカー)』を刊行、企業ミステリーや社会派サスペンスも発表している。
『動脈列島』で第二十八回日本推理作家協会賞を受賞。
昭和六年一月十二日東京生まれ。早稲田大学中退後「東洋経済」「週刊現代」などの雑誌で株式評論を執筆、証券業界に活躍する男たちを描いた処女長篇企業小説『兜町(しま)』を四十一年に発表、作家生活に入る。その後はベストセラー作品を立て続けに発表し、企業小説の旗手と呼ぶにふさわしい活躍をしている。四十八年には、低公害車が全国キャンペーン中に事故を起こすという発端の処女長篇推理小説『噂の安全車(セーフティカー)』を刊行、企業ミステリーや社会派サスペンスも発表している。
『動脈列島』で第二十八回日本推理作家協会賞を受賞。
解説
灼熱の太陽と砂漠に囲まれたアラビア半島の国サウジアラビア──莫大な石油資産を背景に世界有数の富を集めながら、厳格なイスラムの教義を守り続ける神秘の王国。
2年前、和光通商の社員としてこの“異郷”に派遣された水馬克久(みずうまかつひさ)は、日本に戻れる日を夢見て、衛星情報関係プロジェクトの成約に心血を注いでいた。プロジェクトの成功こそが、日本に戻れる条件だと信じて──。
だが、プロジェクトの協力者が突然失脚し、すべての努力は水泡に帰そうとしていた。
そんな折、日本で暮らす克久の妻・志都子(しずこ)は、夫を追ってこの地にやって来るが、何者かに誘拐されてしまう。
“異郷”の地を舞台に繰り広げられる異色サスペンスの決定版!
2年前、和光通商の社員としてこの“異郷”に派遣された水馬克久(みずうまかつひさ)は、日本に戻れる日を夢見て、衛星情報関係プロジェクトの成約に心血を注いでいた。プロジェクトの成功こそが、日本に戻れる条件だと信じて──。
だが、プロジェクトの協力者が突然失脚し、すべての努力は水泡に帰そうとしていた。
そんな折、日本で暮らす克久の妻・志都子(しずこ)は、夫を追ってこの地にやって来るが、何者かに誘拐されてしまう。
“異郷”の地を舞台に繰り広げられる異色サスペンスの決定版!
目次
序 章
第一章 アッラーの意思
第二章 利権代理人
第三章 大麻パーティ
第四章 革命の青写真
第五章 闇(やみ)の砂漠の再開
第六章 石擲(いしうち)の処刑
第七章 仕組まれた罠(わな)
第八章 狼火(のろし)の銃弾
第九章 灼(や)ける砂
第十章 蒼(あお)い流星
第一章 アッラーの意思
第二章 利権代理人
第三章 大麻パーティ
第四章 革命の青写真
第五章 闇(やみ)の砂漠の再開
第六章 石擲(いしうち)の処刑
第七章 仕組まれた罠(わな)
第八章 狼火(のろし)の銃弾
第九章 灼(や)ける砂
第十章 蒼(あお)い流星
抄録
「奥さんは間違いなく、入国している」
緒方が吐息まじりに言った。
「飛行機事故のニュースはありませんでしたからね」
「そう……」
「空港から、誰かに連れ出されたのでしょうか?」
「しかし、どうして」
聞き返した緒方に、水馬は力なく首を振った。
「原因があるとすれば、それは一つだと思います」
「ひとつ?」
「わかりませんか、所長」
「今度の、プロジェクトを競っている、連中のことかね」
「それしかないはずです」
「しかしそんな……。卑劣(ひれつ)じゃないか」
「はっきりしていることは、競争相手の何社かは、わたしがこのプロジェクトで、サラージ次官を完全に抱きこみ、頭一つリードしていることを知っています。彼らの狙(ねら)いは、わたしの妻ではなく、わたし自身にあるはずです」
「奥さんではなく、君に?」
「いま、もしわたしが、誘拐された妻の捜索に夢中になったら、それだけうちの戦力が削(そ)がれ、競争相手はその隙(すき)につけ入ることができるはずです」
「競争相手といっても、同じ日本の商社か、さもなければアメリカをはじめ世界の一流企業だからね。はたして、そんな乱暴なことをするだろうか」
「利害のからみとしては、それしかないはずです」
「それはわかる……」
「手段は選ばないと思います。この国にはそういう風土があります」
じっさいこの砂漠の国では、なにが起こってもおかしくないといった、一種の奇妙なムードがあって、灼ける太陽と砂の前に、一般の日本人が抱く常識などは、小石のように脆(もろ)い存在でしかなかった。
「どうも、すぐには認めたくない気持ちだが、もし、君の言う通りだとしたら、逆に奥さんの生命が狙われるということは、一応ないことになるね」
「無事であってもらいたい……」
「いずれ大使館にも、捜索の手配を頼まなければならなくなるが。それにしても、君はやはり、仕事を休んで奥さんを探すべきだよ」
「いいえ。わたしは予定どおり明日の午後、サラージ次官を訪ねてみます。こういうときですから仕事はいつもと同じペースでやっていたほうが、いいと思うんです」
「しかし君、仮にもだよ。たった一人で日本からやってきた奥さんが、空港で何者かに誘拐されたんだぜ。しかも、こんな異郷の砂漠の国でだ。それを放っておくのかね」
「わたしが騒いで動き回ったら、それこそ誘拐者の思う壺(つぼ)でしょう。むしろわたしは、何事もなかったように仕事に打ちこんでいたほうがいい。そのほうが、妻を誘拐した連中にとっては不気味だと思うんです。妻の誘拐が、無意味だということを知らせることにもなります」
「君は、奥さんを愛していないのか」
「愛しています。そのためにもわたしは、今度のプロジェクトを成功させようと、懸命に努力してきたのです」
立ったままの緒方は、水馬を見下ろし、水馬の乾いた口調に思わず低く呻いた。荒涼とした砂漠のこの国に、骨を埋め、一生働きたいと願う者など、一人としているはずがなかった。ジェッダにオフィスを構える世界中の企業や、日本の商社から送り込まれた駐在員のほとんどは、緒方自身をも含めて、まず例外なく、いかにして一日も早く、この国を出て本社へ復帰するかということだけを考え、そのために働いているといってよかった。
それだけに、緒方にとって水馬の気持ちは、自分自身の願望の投影でもあった。
「わかった」
「よろしいですか」
「わかったが、放ってはおけない。君が仕事をつづけるなら、いなくなった奥さんの捜索を、ぼくが代わりにやろうじゃないか」
緒方が吐息まじりに言った。
「飛行機事故のニュースはありませんでしたからね」
「そう……」
「空港から、誰かに連れ出されたのでしょうか?」
「しかし、どうして」
聞き返した緒方に、水馬は力なく首を振った。
「原因があるとすれば、それは一つだと思います」
「ひとつ?」
「わかりませんか、所長」
「今度の、プロジェクトを競っている、連中のことかね」
「それしかないはずです」
「しかしそんな……。卑劣(ひれつ)じゃないか」
「はっきりしていることは、競争相手の何社かは、わたしがこのプロジェクトで、サラージ次官を完全に抱きこみ、頭一つリードしていることを知っています。彼らの狙(ねら)いは、わたしの妻ではなく、わたし自身にあるはずです」
「奥さんではなく、君に?」
「いま、もしわたしが、誘拐された妻の捜索に夢中になったら、それだけうちの戦力が削(そ)がれ、競争相手はその隙(すき)につけ入ることができるはずです」
「競争相手といっても、同じ日本の商社か、さもなければアメリカをはじめ世界の一流企業だからね。はたして、そんな乱暴なことをするだろうか」
「利害のからみとしては、それしかないはずです」
「それはわかる……」
「手段は選ばないと思います。この国にはそういう風土があります」
じっさいこの砂漠の国では、なにが起こってもおかしくないといった、一種の奇妙なムードがあって、灼ける太陽と砂の前に、一般の日本人が抱く常識などは、小石のように脆(もろ)い存在でしかなかった。
「どうも、すぐには認めたくない気持ちだが、もし、君の言う通りだとしたら、逆に奥さんの生命が狙われるということは、一応ないことになるね」
「無事であってもらいたい……」
「いずれ大使館にも、捜索の手配を頼まなければならなくなるが。それにしても、君はやはり、仕事を休んで奥さんを探すべきだよ」
「いいえ。わたしは予定どおり明日の午後、サラージ次官を訪ねてみます。こういうときですから仕事はいつもと同じペースでやっていたほうが、いいと思うんです」
「しかし君、仮にもだよ。たった一人で日本からやってきた奥さんが、空港で何者かに誘拐されたんだぜ。しかも、こんな異郷の砂漠の国でだ。それを放っておくのかね」
「わたしが騒いで動き回ったら、それこそ誘拐者の思う壺(つぼ)でしょう。むしろわたしは、何事もなかったように仕事に打ちこんでいたほうがいい。そのほうが、妻を誘拐した連中にとっては不気味だと思うんです。妻の誘拐が、無意味だということを知らせることにもなります」
「君は、奥さんを愛していないのか」
「愛しています。そのためにもわたしは、今度のプロジェクトを成功させようと、懸命に努力してきたのです」
立ったままの緒方は、水馬を見下ろし、水馬の乾いた口調に思わず低く呻いた。荒涼とした砂漠のこの国に、骨を埋め、一生働きたいと願う者など、一人としているはずがなかった。ジェッダにオフィスを構える世界中の企業や、日本の商社から送り込まれた駐在員のほとんどは、緒方自身をも含めて、まず例外なく、いかにして一日も早く、この国を出て本社へ復帰するかということだけを考え、そのために働いているといってよかった。
それだけに、緒方にとって水馬の気持ちは、自分自身の願望の投影でもあった。
「わかった」
「よろしいですか」
「わかったが、放ってはおけない。君が仕事をつづけるなら、いなくなった奥さんの捜索を、ぼくが代わりにやろうじゃないか」
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