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相場師

相場師

著: 清水一行
発行: オンライン出版
価格:641円(税込)
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対応端末:パソコン ソニー“Reader”
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著者プロフィール

 清水 一行(しみず いっこう)
 昭和六年一月十二日東京生まれ。早稲田大学中退後「東洋経済」「週刊現代」などの雑誌で株式評論を執筆、証券業界に活躍する男たちを描いた処女長篇企業小説『兜町(しま)』を四十一年に発表、作家生活に入る。その後はベストセラー作品を立て続けに発表し、企業小説の旗手と呼ぶにふさわしい活躍をしている。四十八年には、低公害車が全国キャンペーン中に事故を起こすという発端の処女長篇推理小説『噂の安全車(セーフティカー)』を刊行、企業ミステリーや社会派サスペンスも発表している。
 『動脈列島』で第二十八回日本推理作家協会賞を受賞。

解説

 時代は「証券恐慌」を引き起こした昭和四十年不況の真っ只中。しかし、そこにただ一人“六十年に一度の大相場がめぐってくる”と予言する男がいた。駒田周平、彼の強気を支えていたのは、一通の古びた罫線(過去の相場の動きをグラフに表したもの)と、それを予兆するように夜空に流れた赤い火球(ひだま)であった。
 大相場があるからには買い出動しなければならない。それも一流の相場師の誇りにかけて、相場の先頭に立たねばならぬ。そのためには、金がいる。周平は家も土地も車も、あるもの全てを費やして、株の売買に挑もうとするが……。
 株の魔力にとりつかれた男の、血みどろの栄光と挫折を赤裸々に描いた長編経済小説。

目次

一章 火球(ひだま)
二章 丙午(ひのえうま)
三章 黒子(ほくろ)
四章 銭罰(ぜにばち)
五章 白蛇
六章 主役
七章 豹変(ひょうへん)
八章 斜辺
九章 宣言
十章 暴騰(ぼうとう)

抄録

 「人間が執念をこめて、八十二年間も引きつづけてきた罫線なんて、なんやら気味悪いな」
 「竹原はん、そら違いまっせ、それから五年は、わたしが引きつづけてきたんです」
 「すると八十七年か、恐ろしいわ」
 周平は、持ってきた鞄を引き寄せ、ベルトに結んだ鍵入れの一つで、鞄を開けた。
 「幽霊みたいな罫線、わしに見せるつもりかいな」
 おどけた口調で言いながらも、竹原は緊張した。周平はそれに答えず、古ぼけた反古(ほご)のような分厚く畳んだ罫線を取り出し、竹原と自分のちょうど中間に置いた。
 「竹原はん、わたしにとって、これは残された唯一の財産です。ですからお見せするわけにゆきまへんのや」
 「なんや、見せへんのか、ほなどないするつもりやね」
 「この罫線を担保に、わたしに二億円貸してもらえまへんか」
 「なに? 二億……」
 「そうです。二億円です」
 周平は唇を噛み、睨むように眸を据えて竹原を凝視した。
 ――勝負や、さ、どないすんね。
 無意識のうちに周平の体が、ぐ、ぐっと、竹原のほうへ向かっていく。小さく口を開け、ぼんやり周平を見返す竹原は、襲いかからんばかりの周平の気迫を持て余し、思わず眼を伏せた。
 「貸してくれまっか」
 すかさず膝をすすめて周平が斬りこんだ。
 痩せて頬骨の立った周平が、そのときばかりは上村啓一の眼に、彼の視界からはみ出すほど大きく映り、思わず息を止めた。
 しかし竹原は答えなかった。
 夏の夜を焦がす重ったるい虫の鳴き声が、長く単調に響いた。
 やがて周平が空咳をした。
 「難題やな」
 周平の姿勢の崩れを待っていたように、竹原が言った。上村が思わず肩を落とす。
 「そうでっか……」
 しかしなお周平の声には、挑みつづける張りが感じられた。
 「かんじんな担保を見せてもらわんことには、値打ちがわからん。そうやないか」
 「竹原はんは、いま相場を買ってはいる意思がおまへんのでっしゃろ。だからわたしに相場をやらせてもらいたい言うとりまんのや。相場をする意思がない人が、この罫線見たかて、値打ちはわかりまへん」
 「しかし駒田はん、これが果たして八十七年間の、その罫線かどうか、確かめる方法がないやないか」
 「間違いおまへん」
 「わしにはわからん」
 「そんならこうしまひょ、金目の担保を別に出します。堺の浜寺(はまでら)の家、三百坪おまっせ、土地だけで三千万円は固いと思います。それに琵琶湖の柳ケ崎(やなぎがさき)の別荘、これモーターボートハウスです。土地も二千坪おます。名古屋の中日球場の近くにある百坪、これも出しま。鹿児島の金山(きんざん)も、よかったらつけま。波川証券の私の持ち株全部も出しまひょ。あとは嫁はんの持っている宝石類、衣類、全部担保につけま。そうそう、いま乗っている車、オールズの98、これも出します。わしの財産そっくり担保につけてもかまいまへん。これでどうで」

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