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ハックルベリ・フィンの冒険

ハックルベリ・フィンの冒険

著: トウェイン
発行: グーテンベルク21
価格:630円(税込)
10ポイント還元
形式:テキスト形式⇒詳細
対応端末:パソコン 
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著者プロフィール

 マーク・トウェイン(1835〜1910)
 本名サミュエル・ラングホーン・クレメンズ。アメリカの作家。皮肉たっぷりのユーモアや痛烈な社会批判を新鮮なアメリカ英語で展開、現代アメリカ文学の先駆者のひとりといわれる。
 ミズーリ州の寒村フロリダに生まれ、4歳のとき、一家でミシシッピ川の港町ハンニバルに移った。公立学校に通ったが、1847年、父の死により、地元の印刷屋の従弟になった。51年、長兄オリオンの関係するハンニバル・ジャーナル誌の植字工となり、かたわら、小品の投稿を始めた。65年、カリフォルニアの金鉱で耳にした話を改作したほら話、「ジム・スマイリーとその跳び蛙」をニューヨークの新聞に発表して大評判となり、一躍有名になった。これは67年、「その名も高きキャラベラス郡の跳び蛙」と改題して出版された。同年、トウェインはヨーロッパとパレスチナの聖地を旅行した。「無邪気な外遊記」(1869)はこの旅を題材にしたもので、アメリカ人観光客が感動する旧大陸の文化の滑稽な面を、茶化し、笑いとばしている。70年、東部の上流階級の娘オリビア・ラングドンと結婚。ニューヨーク州バファローで生活したのち、コネティカット州ハートフォードに移った。彼の傑作の多くは、70年代および80年代に、ハートフォードかニューヨーク州エルミラ近郊の夏の別荘で書かれた。
 「苦難を乗り切って」(1872)は、鉱夫や記者をしていたころの冒険を描いたもので、「トム・ソーヤの冒険」(1876)は、ミシシッピの川辺で過ごした少年時代を懐かしんで書かれた。「海外徒歩旅行」(1880)は、ドイツのシュワルツワルトと、スイスのアルプスを踏破したときの話である。「王子と乞食」(1882)は、イギリスのチューダー朝を舞台にした、王子と乞食が身分を交換するという物語で、子供向けに書かれた。「ミシシッピ川の生活」(1883)は、水先案内人をしていた頃の経験を、20年後の再訪と関連させて書いた自伝的な物語である。
 晩年は著作活動の衰えがみられたが、名士として、公的な問題にしばしば発言した。1907年には、オックスフォード大学から名誉博士号を授与された。死後に残された未完の自伝は、秘書のアルバート・ペインによって編集され、1924年に出版された。

解説

 ヘミングウェーによってアメリカ近代文学の源泉とみなされた作品。
 「トム・ソーヤーの冒険」の続編で、主人公の少年ハックが、逃亡した黒人奴隷ジムといっしょに、父から逃れてミシシッピ川を筏(いかだ)でくだる物語である。この旅は、読者を含めて、ハック自身にも、人間というものは残酷な行為をしでかすものだということをみせつける。もうひとつのテーマは、信用できる数少ない友人であるジムとの友情と、ジムの逃亡を助けることで社会の掟を破っているという、うしろめたい気持との葛藤である。
 名訳として名高い刈田元司氏の翻訳で。

目次

一   ハックを文明人にする
二   少年たちジムから逃げる
三   さんざんな小言
四   ハックと判事
五   ハックのおやじ
六   おやじサッチャー判事のところへ行く
七   待ち伏せ
八   森の中で眠る
九   洞穴
十   発見物
十一  ハックと女
十二  のろい航行
十三  難波船から脱出
十四  楽しいひととき
十五  ハック筏(いかだ)を見失う
十六  期待
十七  夜の訪問
十八  グレンジャーフォード大佐
十九  昼間は筏をつなぐ
二十  ハックの説明
二十一 剣の練習
二十二 シャーバン
二十三 一杯食わされた
二十四 王衣を着たジム
二十五 本人たちか?
二十六 敬虔(けいけん)な王様
二十七 葬式
二十八 イギリスへの旅行
二十九 競争相手
三十  王様ハックに食ってかかる
三十一 不吉な計画
三十二 日曜日のような静かな日
三十三 黒んぼ(ニガー)盗み
三十四 灰汁樽(あくだる)わきの小屋
三十五 堂々たる逃避
三十六 避雷針(ひらいしん)
三十七 最後のシャツ
三十八 紋章
三十九 ネズミ
四十  釣り
四十一 医者
四十二 トムソーヤーの負傷
最後の章 自由の身にする
解説
作品解説
作品鑑賞
年譜
あとがき

抄録

 「トム・ソーヤーの冒険」という名前の本を読んだことがなければ、おれのことなんか知るまいが、そんなことはどうだっていい。その本をつくったのはマーク・トウェインさんで、だいたい本当のことを言っていた。大げさに言っていることもあるにはあったが、だいたい本当のことを言っていた。そんなことはどうでもいい。一度かそこいら嘘(うそ)をつかない人なんかおれは見たこともないが、まあ例外はポリーおばさんか、後家さんか、ことによるとメアリだろう。
 ポリーおばさん(つまりトムのポリーおばさん)とメアリと、ダグラス後家さんのことは、みんなあの本のなかに書いてある……だからあの本はだいたい本当の本だ。前にも言ったように、いくらか大げさな話があるにはあるが。
 さて、その本の結末はこんなぐあいになっている。トムとおれは泥棒がほら穴にかくしたお金を発見して、おかげでおれたちは金持ちになった。めいめい六千ドルずつで……全部金貨だった。積みあげると、すごいお金の山だった。で、サッチャー判事が責任をとって、その金を利息つきで貸しだしてくれたので、おれたちは一年中、めいめい毎日一ドルずついただくことになって……いやはや、だれだってどうしていいかわからないくらいの金よ。ダグラス後家さんはおれを養子とし、おれを文明人にしようと考えた。だが、後家さんのやることなすことがひどくきちんとして上品なのを考えると、こういう家にしょっちゅう暮らすのがつらくてたまらなかったので、おれはもうがまんができなくなって、飛びだしてしまった。おれはまた昔のぼろ服と砂糖の空樽(あきだる)にもどり、自由になって満足した。だが、トム・ソーヤーのやつがおれを捜しだし、これから強盗隊をつくろうとしているんだが、もしお前が後家さんのところへもどって体裁よくしていたら、入れてやってもいいぜと言った。それでおれは帰った。
 後家さんはおれのために泣いて、おれをかわいそうな迷える小羊とよび、またほかのいろんな名まえでよんだが、べつに悪気でそうよんだのではなかった。後家さんはまたあの新しい服をおれに着せ、おれはもう汗がどんどん出るばかりで、ひどく締めつけられるような気持ちで、身うごきもできなかった。
 さて、そこで、例の古いことがまたはじまるのだった。後家さんが晩飯の合図に鈴をならすと、時間きっちりに行かねばならなかった。テーブルへついても、すぐ食いだすことなどできっこなくて、後家さんが頭をさげて、食べ物にむかって何かぶつぶつ言うのを待たねばならなかった。といって、食べ物が本当にどうかしていたわけではなかった。すなわち、何もかもべつべつに料理してあるだけで、異状などなかったのだ。これが残飯の桶(おけ)だと、事情はちがう。いろんなものがごちゃごちゃまじりあい、汁もなんとなくいっしょくたになって、味は一段とよくなる。
 御飯(ばんめし)がすむと、後家さんは本をとりだして、モーゼと葦(あし)のことをおれに教えた。おれは手に汗をにぎってその男のことを全部さぐりだそうとしたが、やがて、後家さん、モーゼがずいぶん前に死でしまっていることを、うっかり口にしてしまったので、おれはもうその男のことなんか気にしないことにした。おれは死んだ連中なんどに用はないんだから。

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