和書>小説・ノンフィクション>ハーレクイン>ハーレクイン・ロマンス
著者プロフィール
ペニー・ジョーダン(Penny Jordan)
イギリスの作家。ロマンス映画を見るよりも、ロマンス小説を読むのが好きだという。十一歳でイギリスのハーレクイン社のロマンス小説のなかのヒーローと“恋に落ち”、それ以来のロマンス小説ファン。結婚後もしばらく大手銀行で働いていたが、現在は執筆に専念。イングランド北西部チェシャーの古い館で四匹の犬、二匹の猫と一緒に暮らしている。
イギリスの作家。ロマンス映画を見るよりも、ロマンス小説を読むのが好きだという。十一歳でイギリスのハーレクイン社のロマンス小説のなかのヒーローと“恋に落ち”、それ以来のロマンス小説ファン。結婚後もしばらく大手銀行で働いていたが、現在は執筆に専念。イングランド北西部チェシャーの古い館で四匹の犬、二匹の猫と一緒に暮らしている。
解説
サディは老舗香水メーカー、フランシーヌの調香師。曾祖父が創設した会社は、祖母の家系に受け継がれ、その有名な香水ミュールの調合法を知るのは今やサディのみだ。祖母が亡くなり、筆頭株主となったいとこのラウールは、世界的に有名な合弁企業への買収を持ちかける。ミュールは天然素材のみで作られ、年間の生産量は限られている。合理的な経営方針をとる大企業のもとでは、きっと名声を失うわ。サディは話し合いをするためにラウールのオフィスへと向かった。だが、オフィスに足を踏み入れたとたん、その場に凍りついた。目の前にいたのは、香水の見本市で会ったハンサムな男性――あのときサディを、香水同様に売り物か、と蔑んだ男だった。
■南フランス、コートダジュールの小さな町を舞台に、有名な香水をめぐって繰り広げられるゴージャスな恋物語です。
■南フランス、コートダジュールの小さな町を舞台に、有名な香水をめぐって繰り広げられるゴージャスな恋物語です。
抄録
レオンはサディの口元を見た。柔らかくてふっくらとして、口紅はとても自然でつけているのがわからないほどだ。唇を真っ赤に塗った女性とキスをするのは大嫌いだ。でもサディなら、唇であれどこであれ、今ここでキスができるならなんでもする!
サディは暴走しはじめた感情と欲望を落ち着かせるために、メインの皿が並べられるのを待ってから咳払いをし、礼儀正しい口調できいた。「あなたはなぜフランシーヌを買おうと思ったの?」
一瞬、サディは彼が何も答えないのかと思ったが、やがて彼はこちらを見た。心臓が一回転する。
「自然のなりゆきに思えたんだよ。うちは贅沢品を売る会社だからね」レオンは目下サディと仕事の話はしたくなかった。実際、なんの話もしたくなかった。今サディとしたい対話は、唇を使って言葉よりもはるかに親密なやりとりをすることだ。
レオンは自然な口調で答えたが、サディには彼が言葉を慎重に選んでいるように見えた。まるで自分の口にする言葉を監視しているごとくに。だが、とサディはやましさを覚えながら思った。今まで気づかなかったけれど、私自身には、邪悪なほどふしだらなところがある。レオンの言葉に耳を傾けながらも、ひどく親密な気分で彼の唇を見つめているなんて。
「仕事のことは話さない約束だろう」レオンが言った。
サディは肋骨を打つ心臓の音を彼に聞かれるのではないかと心配で、何も考えられなかった。
「こんなにおいしいステーキは久々に食べたよ」レオンが熱心に言った。
彼はサディの意外な質問にいくぶん不意を突かれていた。サディを欲しいことと、僕の祖母の話をサディとすることとは別の話だ。僕が祖母のことを話したくないのも、なぜそんなにフランシーヌとミールが欲しいのかを話したがらないのも、プライドのせいだった。
レオンは少年のころに祖母の話を聞いたときのことを今でも覚えている。祖母は言っていた。裕福なご婦人のメイドをしていたとき、そのご婦人のつけていたエキゾチックで高価な香水をどんなにつけてみたかったかと。
「ミールという香水でね」祖母はため息まじりに言った。「本当にいい匂いがするのよ」
「自分で買えなかったの?」少年のレオンは無邪気にきいた。
祖母は悲しげにほほ笑んで首を振り、長年の労苦に節くれだった手で孫の髪をくしゃくしゃとすいた。
「レオン、小さな瓶を一つ買うのに、私の五年分のお給料よりもっとたくさんのお金が必要なのよ。ああいう香水は私のような人間には分不相応なのよ」
そのとき祖母の目を見ながら、レオンは心に誓った。いつか祖母に世界でいちばん高価で高級な香水を買ってあげようと。しかし誓いを実現しないうちに祖母は死んでしまった。だがレオンはその誓いを決して忘れず、それを果たせなかったことを悔やみ続けてきた。そしてなぜそれを誓ったのか、その理由ももちろん忘れてはいない。だからこそ、どんな女性でもつけられるような安い香水を作ることをサディが拒んだとき、あんなに腹が立ったのだ。
だが幸いサディは了解してくれた。とうとうミールが手に入る! 祖母のためには遅すぎるが、少なくとも、あの香水のいちばん小さな瓶でさえ買えなかった女性の孫が今や会社全体を所有しているという満足感は得られるだろう。たとえそれが人生最後の仕事になるとしても、フランシーヌの香水を、つけたい女性がだれでも買えるようにするつもりだ。
だから重役会のメンバーには、わざとフランシーヌを買い取る理由を話さなかった。感傷からフランシーヌを買いたくなったなどと話して弱みを握られるのはまっぴらだ。その手の情報を公表し、ほかの重役たちに批判の口実を与えるつもりは毛頭ない。ビジネスの世界で取り引きされるのは経済的な利益であって、感情的な利益ではない。そこでは経済的な利益を産む者だけが尊敬される。
レオンは過酷な世界に育ち、両親が苦労して事業を起こすのを見てきた。やっと軌道にのって繁盛しはじめたとたん、その事業がつぶれそうになるのも見てきた。父はそのショックとストレスから体調を崩し、二度と健康に戻ることはなかった。そんなできごとを間近で見てきて、レオンは若いころから、あらゆる手を尽くして家族を守ろうと心に決めていた。家業を安定させ、父親の打ちひしがれて青ざめた顔や母親の涙でうるんだおびえた目を二度と見なくてすむようにしようと。
レオンは両親の起こした事業を引き継いで成功させ、今の大企業に発展させた。彼はいたるところで顔を知られた億万長者だ。だとしても、心の底には、十四歳のころに両親の恐れを目撃して感じた苦悩と怒りをいまだに感じている自分がいる。貧しさゆえに、屈辱を受けることもあったと語る祖母の話に耳を傾けていた自分をいまだに覚えている。
子供たちには祖母のことを何もかも話そう。祖母の思い出を敬い、心や人格や愛はお金では買えないことを理解するように、子供たちを育てよう。もしサディがそれに反対するなら、彼女は僕が思っていたような女性ではない……。
*この続きは製品版でお楽しみください。
サディは暴走しはじめた感情と欲望を落ち着かせるために、メインの皿が並べられるのを待ってから咳払いをし、礼儀正しい口調できいた。「あなたはなぜフランシーヌを買おうと思ったの?」
一瞬、サディは彼が何も答えないのかと思ったが、やがて彼はこちらを見た。心臓が一回転する。
「自然のなりゆきに思えたんだよ。うちは贅沢品を売る会社だからね」レオンは目下サディと仕事の話はしたくなかった。実際、なんの話もしたくなかった。今サディとしたい対話は、唇を使って言葉よりもはるかに親密なやりとりをすることだ。
レオンは自然な口調で答えたが、サディには彼が言葉を慎重に選んでいるように見えた。まるで自分の口にする言葉を監視しているごとくに。だが、とサディはやましさを覚えながら思った。今まで気づかなかったけれど、私自身には、邪悪なほどふしだらなところがある。レオンの言葉に耳を傾けながらも、ひどく親密な気分で彼の唇を見つめているなんて。
「仕事のことは話さない約束だろう」レオンが言った。
サディは肋骨を打つ心臓の音を彼に聞かれるのではないかと心配で、何も考えられなかった。
「こんなにおいしいステーキは久々に食べたよ」レオンが熱心に言った。
彼はサディの意外な質問にいくぶん不意を突かれていた。サディを欲しいことと、僕の祖母の話をサディとすることとは別の話だ。僕が祖母のことを話したくないのも、なぜそんなにフランシーヌとミールが欲しいのかを話したがらないのも、プライドのせいだった。
レオンは少年のころに祖母の話を聞いたときのことを今でも覚えている。祖母は言っていた。裕福なご婦人のメイドをしていたとき、そのご婦人のつけていたエキゾチックで高価な香水をどんなにつけてみたかったかと。
「ミールという香水でね」祖母はため息まじりに言った。「本当にいい匂いがするのよ」
「自分で買えなかったの?」少年のレオンは無邪気にきいた。
祖母は悲しげにほほ笑んで首を振り、長年の労苦に節くれだった手で孫の髪をくしゃくしゃとすいた。
「レオン、小さな瓶を一つ買うのに、私の五年分のお給料よりもっとたくさんのお金が必要なのよ。ああいう香水は私のような人間には分不相応なのよ」
そのとき祖母の目を見ながら、レオンは心に誓った。いつか祖母に世界でいちばん高価で高級な香水を買ってあげようと。しかし誓いを実現しないうちに祖母は死んでしまった。だがレオンはその誓いを決して忘れず、それを果たせなかったことを悔やみ続けてきた。そしてなぜそれを誓ったのか、その理由ももちろん忘れてはいない。だからこそ、どんな女性でもつけられるような安い香水を作ることをサディが拒んだとき、あんなに腹が立ったのだ。
だが幸いサディは了解してくれた。とうとうミールが手に入る! 祖母のためには遅すぎるが、少なくとも、あの香水のいちばん小さな瓶でさえ買えなかった女性の孫が今や会社全体を所有しているという満足感は得られるだろう。たとえそれが人生最後の仕事になるとしても、フランシーヌの香水を、つけたい女性がだれでも買えるようにするつもりだ。
だから重役会のメンバーには、わざとフランシーヌを買い取る理由を話さなかった。感傷からフランシーヌを買いたくなったなどと話して弱みを握られるのはまっぴらだ。その手の情報を公表し、ほかの重役たちに批判の口実を与えるつもりは毛頭ない。ビジネスの世界で取り引きされるのは経済的な利益であって、感情的な利益ではない。そこでは経済的な利益を産む者だけが尊敬される。
レオンは過酷な世界に育ち、両親が苦労して事業を起こすのを見てきた。やっと軌道にのって繁盛しはじめたとたん、その事業がつぶれそうになるのも見てきた。父はそのショックとストレスから体調を崩し、二度と健康に戻ることはなかった。そんなできごとを間近で見てきて、レオンは若いころから、あらゆる手を尽くして家族を守ろうと心に決めていた。家業を安定させ、父親の打ちひしがれて青ざめた顔や母親の涙でうるんだおびえた目を二度と見なくてすむようにしようと。
レオンは両親の起こした事業を引き継いで成功させ、今の大企業に発展させた。彼はいたるところで顔を知られた億万長者だ。だとしても、心の底には、十四歳のころに両親の恐れを目撃して感じた苦悩と怒りをいまだに感じている自分がいる。貧しさゆえに、屈辱を受けることもあったと語る祖母の話に耳を傾けていた自分をいまだに覚えている。
子供たちには祖母のことを何もかも話そう。祖母の思い出を敬い、心や人格や愛はお金では買えないことを理解するように、子供たちを育てよう。もしサディがそれに反対するなら、彼女は僕が思っていたような女性ではない……。
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