和書>小説・ノンフィクション>ハーレクイン>ハーレクイン文庫
著者プロフィール
ペニー・ジョーダン(Penny Jordan)
イギリスの作家。ロマンス映画を見るよりも、ロマンス小説を読むのが好きだという。十一歳でイギリスのハーレクイン社のロマンス小説のなかのヒーローと“恋に落ち”、それ以来のロマンス小説ファン。結婚後もしばらく大手銀行で働いていたが、現在は執筆に専念。イングランド北西部チェシャーの古い館で四匹の犬、二匹の猫と一緒に暮らしている。
イギリスの作家。ロマンス映画を見るよりも、ロマンス小説を読むのが好きだという。十一歳でイギリスのハーレクイン社のロマンス小説のなかのヒーローと“恋に落ち”、それ以来のロマンス小説ファン。結婚後もしばらく大手銀行で働いていたが、現在は執筆に専念。イングランド北西部チェシャーの古い館で四匹の犬、二匹の猫と一緒に暮らしている。
解説
控えめで有能な会計士サスキア・ロジャーズは、ギリシア人の新社長アンドレアスを前にして、言葉を失った。ゆうべサスキアは、恋人の浮気を疑う親友に泣きつかれ、わざと派手な女を演じて彼を誘惑し、誠実さを試すことにした。後から、声をかけた男性が別人だったことに気づいたのだが、その相手こそ、いま目の前にいるアンドレアスだったのだ。誤解を解こうとするも彼は耳を貸さず、サスキアを蔑むばかり。そして途方に暮れるサスキアに、信じがたい脅しをかけてきた。僕の婚約者のふりをしてほしい――断るなら解雇する、と。
抄録
サスキアは目に闘志をみなぎらせ、彼のほうへ歩み寄った。
アンドレアスはサスキアを好奇心と落胆の入りまじった目で見つめた。彼女がまっすぐこちらへ近づいてくる。周囲の男たちからの熱い視線も、無視するというより目に入らないかのようで、眉一つ動かさない。胸元はきわどい位置まで開いていて、意図的なのは一目瞭然だ。やっぱり彼女はそういう女なのか、とアンドレアスは思った。早い話がアテナと同類だ。
「まあ、失礼」サスキアはアンドレアスのそばに来ると、わざとつまずいて彼に触れた。それからカウンターの前に立ち、おもねるような微笑でさりげなく彼に身を寄せた。自分の香りを漂わせるためだ。淡いフローラルの香水ではなく、かすかに立ちのぼる彼女自身の香りを。蜜のように甘い、興奮を誘う官能的な女の匂いを。それをかぐと男は嘘みたいにめろめろになって、女のことで頭がいっぱいになるのだとロレインが言っていた。
サスキアは不本意ながらロレインに教え込まれたとおりに実行していた。
アンドレアスは体を後ろに引こうとしたが、カウンターの前はこみ合っていて一歩も動けなかった。仕方なく冷ややかに言った。「君と前に会ったことがあったかな?」
魂胆は見え見えだぞ、ときっぱり告げたつもりだった。それにしても、これだけの美女がバーで男あさりをする理由がさっぱり思いつかない。いや、思いつかないこともないが、あまり掘り下げて考えたくない。自らの苦い経験から知ったように、世の中には金のためならなんでもする女がいる。どんな男とでも見境なく寝る女が。
サスキアは彼を正面から見つめ、口紅をこってり塗った唇でほほえんだ。「いいえ、会ったのは初めてよ。お近づきになれて嬉しいわ」
彼女は店内の薄暗い照明に感謝した。恥ずかしさでほてっている顔に気づかれなくてすむ。自分のほうから男性になれなれしく接近するなんて、望むどころか想像したこともない。彼女は動揺を押し隠し、用意していたシナリオを先へ進めた。唇をわずかに開いてほほえみ、舌の先で唇を思わせぶりにゆっくりとなめ回した。
うわ、口紅がまずいわ。
「一杯おごるって言ってくれないの?」サスキアはぎこちなくまつげをしばたたかせ、甘えた声で誘った。「あなたのシャツの色、すてきね」ハスキーな声でつけ加え、彼のほうへすり寄った。「瞳の色とよく合ってるわ」
「君は色の見分けがつかないらしい。僕の目はグレーだ」
アンドレアスは冷淡に答えた。不快感がこみ上げてくる。彼女の露骨な態度は軽蔑にさえ値しない。だがもっと許せないのは、そんな女にいやおうなく反応している自分だ。まったくどういうことだ、高校生じゃあるまいし。僕は社会経験豊かな、三十代の洗練された大人の男だぞ。それがなんであばずれ女のありきたりの手口に体がうずくんだ? 僕はいったいどうしたいんだ? この女を今すぐベッドへさらいたいのか? 熱くほてった体を白いシーツの上に組みしいて、彼女の唇から快感の叫びをほとばしらせ、狂おしく唇を重ね合い……。
「はっきり言おう」意に反してふくれ上がってくる悩ましい想像を断ち切り、彼は険しい口調で言った。「君は相手を間違えている」
「あら、そんな」サスキアは立ち去ろうとする彼を必死で引き止めた。たぶん彼の言葉を額面どおり受け取って、マークはあなたが思っているとおりの誠実な人よとメガンに報告すればいいのだろう。けれども自分でも説明のつかない直感で、彼が態度とは裏腹にその気になっているように思えた。この世に誘惑に屈しない男なんていない。心の中のべつの声には耳をふさぎつつ、サスキアは自分にそう言い聞かせた。「あなたは過ちをおかしたことはないの?」サスキアはささやきかけた。「私みたいな女と……」
アンドレアスは気が変になりそうだった。こういうあけすけな誘いをかけてくる女に欲情するとしたら、まったくもって自分らしくない。これっぽっちも彼女に惹かれるわけがない。そうとも、絶対にあり得ない。彼女をさらいたいというさっきの不可解な衝動は、厚化粧と胸の谷間で男たちの注目を集めている場所からとにかくどこかへ連れ出したかっただけなのだ。もちろん下心なんかあるはずもない。
自分にとって、こういう女ほど軽蔑すべきものはないのだから。べつに内気でもの静かな女性が好きなわけじゃない。魅力的だと思うのは、つねに自尊心を失わずに確固とした意思で男を愛せる女性だ。そういう女性は平気で男の慰みものになったりはしないし、性的な興味でしか見ない男には断固としてそっぽを向くはずだ。それにひきかえ目の前にいる女は……。
「せっかくだが」アンドレアスは冷淡に言った。「君の期待には添えない。時間を無駄にしないうちにあきらめるんだな」彼は皮肉混じりにつけ加えた。「君にとって“時は金なり”なんだろう? さっさとほかの男を当たったらどうだ? もっと脈のありそうなかもがいくらでもいるはずだ」
きびすを返して店の出口へ向かう彼を、サスキアは青ざめて見送った。信じられない! 彼は私を拒絶した。彼は……。彼女はごくりとつばをのみ込んだ。そう、彼はメガンへの気持ちに偽りがないことを証明したんだわ、私のことなどはなも引っかけずに。サスキアは手の甲で唇をぬぐい、肌についた真っ赤な口紅を苦々しい思いで見つめた。
*この続きは製品版でお楽しみください。
アンドレアスはサスキアを好奇心と落胆の入りまじった目で見つめた。彼女がまっすぐこちらへ近づいてくる。周囲の男たちからの熱い視線も、無視するというより目に入らないかのようで、眉一つ動かさない。胸元はきわどい位置まで開いていて、意図的なのは一目瞭然だ。やっぱり彼女はそういう女なのか、とアンドレアスは思った。早い話がアテナと同類だ。
「まあ、失礼」サスキアはアンドレアスのそばに来ると、わざとつまずいて彼に触れた。それからカウンターの前に立ち、おもねるような微笑でさりげなく彼に身を寄せた。自分の香りを漂わせるためだ。淡いフローラルの香水ではなく、かすかに立ちのぼる彼女自身の香りを。蜜のように甘い、興奮を誘う官能的な女の匂いを。それをかぐと男は嘘みたいにめろめろになって、女のことで頭がいっぱいになるのだとロレインが言っていた。
サスキアは不本意ながらロレインに教え込まれたとおりに実行していた。
アンドレアスは体を後ろに引こうとしたが、カウンターの前はこみ合っていて一歩も動けなかった。仕方なく冷ややかに言った。「君と前に会ったことがあったかな?」
魂胆は見え見えだぞ、ときっぱり告げたつもりだった。それにしても、これだけの美女がバーで男あさりをする理由がさっぱり思いつかない。いや、思いつかないこともないが、あまり掘り下げて考えたくない。自らの苦い経験から知ったように、世の中には金のためならなんでもする女がいる。どんな男とでも見境なく寝る女が。
サスキアは彼を正面から見つめ、口紅をこってり塗った唇でほほえんだ。「いいえ、会ったのは初めてよ。お近づきになれて嬉しいわ」
彼女は店内の薄暗い照明に感謝した。恥ずかしさでほてっている顔に気づかれなくてすむ。自分のほうから男性になれなれしく接近するなんて、望むどころか想像したこともない。彼女は動揺を押し隠し、用意していたシナリオを先へ進めた。唇をわずかに開いてほほえみ、舌の先で唇を思わせぶりにゆっくりとなめ回した。
うわ、口紅がまずいわ。
「一杯おごるって言ってくれないの?」サスキアはぎこちなくまつげをしばたたかせ、甘えた声で誘った。「あなたのシャツの色、すてきね」ハスキーな声でつけ加え、彼のほうへすり寄った。「瞳の色とよく合ってるわ」
「君は色の見分けがつかないらしい。僕の目はグレーだ」
アンドレアスは冷淡に答えた。不快感がこみ上げてくる。彼女の露骨な態度は軽蔑にさえ値しない。だがもっと許せないのは、そんな女にいやおうなく反応している自分だ。まったくどういうことだ、高校生じゃあるまいし。僕は社会経験豊かな、三十代の洗練された大人の男だぞ。それがなんであばずれ女のありきたりの手口に体がうずくんだ? 僕はいったいどうしたいんだ? この女を今すぐベッドへさらいたいのか? 熱くほてった体を白いシーツの上に組みしいて、彼女の唇から快感の叫びをほとばしらせ、狂おしく唇を重ね合い……。
「はっきり言おう」意に反してふくれ上がってくる悩ましい想像を断ち切り、彼は険しい口調で言った。「君は相手を間違えている」
「あら、そんな」サスキアは立ち去ろうとする彼を必死で引き止めた。たぶん彼の言葉を額面どおり受け取って、マークはあなたが思っているとおりの誠実な人よとメガンに報告すればいいのだろう。けれども自分でも説明のつかない直感で、彼が態度とは裏腹にその気になっているように思えた。この世に誘惑に屈しない男なんていない。心の中のべつの声には耳をふさぎつつ、サスキアは自分にそう言い聞かせた。「あなたは過ちをおかしたことはないの?」サスキアはささやきかけた。「私みたいな女と……」
アンドレアスは気が変になりそうだった。こういうあけすけな誘いをかけてくる女に欲情するとしたら、まったくもって自分らしくない。これっぽっちも彼女に惹かれるわけがない。そうとも、絶対にあり得ない。彼女をさらいたいというさっきの不可解な衝動は、厚化粧と胸の谷間で男たちの注目を集めている場所からとにかくどこかへ連れ出したかっただけなのだ。もちろん下心なんかあるはずもない。
自分にとって、こういう女ほど軽蔑すべきものはないのだから。べつに内気でもの静かな女性が好きなわけじゃない。魅力的だと思うのは、つねに自尊心を失わずに確固とした意思で男を愛せる女性だ。そういう女性は平気で男の慰みものになったりはしないし、性的な興味でしか見ない男には断固としてそっぽを向くはずだ。それにひきかえ目の前にいる女は……。
「せっかくだが」アンドレアスは冷淡に言った。「君の期待には添えない。時間を無駄にしないうちにあきらめるんだな」彼は皮肉混じりにつけ加えた。「君にとって“時は金なり”なんだろう? さっさとほかの男を当たったらどうだ? もっと脈のありそうなかもがいくらでもいるはずだ」
きびすを返して店の出口へ向かう彼を、サスキアは青ざめて見送った。信じられない! 彼は私を拒絶した。彼は……。彼女はごくりとつばをのみ込んだ。そう、彼はメガンへの気持ちに偽りがないことを証明したんだわ、私のことなどはなも引っかけずに。サスキアは手の甲で唇をぬぐい、肌についた真っ赤な口紅を苦々しい思いで見つめた。
*この続きは製品版でお楽しみください。
本の情報
紙書籍初版: 2011/12/1
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