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スペインの恋人

スペインの恋人

著: キム・ローレンス 翻訳: 村山汎子
発行: ハーレクイン
シリーズ: ハーレクイン・ロマンス
価格:525円(税込)
10ポイント還元
形式:XMDF形式⇒詳細 
対応端末:パソコン ソニー“Reader”
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著者プロフィール

 キム・ローレンス(Kim Lawrence)
 イギリスの作家。ウェールズ北西部のアングルジー島の農場に住む。毎日三キロほどのジョギングでリフレッシュし、執筆のインスピレーションを得ている。夫と元気な男の子が二人。それに、いつのまにか居ついたさまざまな動物たちもいる。もともと小説を読むのは好きだが、今では書くことに熱中している。ハッピー・エンディングが大好きだという。

解説

 ある深夜、ネルのもとに二人の子供が転がりこんできた。かつて住みこみで面倒を見ていた少女とその弟だ。父親の死後、実業家の叔父ラウルに引き取られたが、厳しい叔父に我慢ができなくなったのだという。二人を迎えに来たラウルは、ネルを見下すような態度をとった。ネルの目にはとびきりセクシーな男性に映るものの、彼のほうはネルを、亡き兄のかつての愛人だと思いこんでいるらしい。それから一週間後、ラウルがとんでもない提案をしてきた。姪と甥の世話をしてもらいたいから、彼の家に引っ越してほしいと。

抄録

野心のために魅力的な外見を利用する女性がこんな場所に住んでいるとは、意外だ。喜んで彼女を贅沢な家に住まわせる、兄のような男たちがいるだろうに。それにしても少しは身なりをかまうべきだ。目の前の女性をまじまじと見てラウルは思った。待っているあいだ、彼女が何をしていたにせよ、髪をとかさなかったのは明らかだ。鮮やかな赤毛が青白い顔のまわりで光輪のように逆立っている。
 ラウルがつきあう女性たちはくしゃくしゃの髪などしていない。魅力的で知的、そして彼と同じように長い関係には興味を示さない。
 もしかしたら朝起きたときは彼女たちの髪も乱れているかもしれないが、女性と夜を明かす習慣はラウルにはなかった。朝食をとりながら雑談するのは好みではない。
 無言の非難を感じとったのか、ネル・ローズは頭をぐいとそらし、ハート形の顔にかかる赤金色のほつれ毛を手で払った。驚くほど細く華奢な手首にラウルは目を奪われた。
 手も、何もはいていない足も細くて小さい。テディベアの絵柄のついただぶだぶのパジャマを着た姿は姪とさして年が違わないような感じだ。だが、ネル・ローズの別の顔をラウルは知っている。
 あの日、彼女は兄と砂浜にいた。小柄な体につけた挑発的なビキニがなめらかな曲線をあらわにしていた。彼女はしなやかに伸びをし、寝返りを打って兄の耳に何かささやいた。
 ジャビアが答えると、彼女はいきなり海に向かって駆けだした。あとを追ったジャビアは波打ち際で彼女をとらえ、高く抱きあげた。砂丘に立つラウルの耳にも、彼女の笑い声と悲鳴が届いた。彼女を抱いたままジャビアが海に入っていった。ラウルは背を向け、足早に立ち去った。崇拝する兄がはるかに年の離れた小娘に手玉にとられるのを見るのは苦痛でしかなかった。
 葬儀の日の彼女はずっと控えめに見えたが、慎みのあるスーツと悲しみに沈んだ表情の奥にどんな本性がひそんでいるか、ラウルは知っていた。シニヨンに結った髪からほつれた赤い巻き毛が黒いスーツの背で鮮やかに映え、薄く塗った頬紅が青白い顔を強調していた。
 現実に立ち返り、ネルの顔に視線を戻したラウルの表情はいちだんと険しかった。彼女の素性を知らない者なら、目の前のあどけない女性と、妻に先立たれたばかりの男を十八歳にしてたぶらかした女性を一致させるのは無理だろう。無慈悲な利己心を純真な外見で隠せるのはたしかに強みだと、ラウルは胸のなかで皮肉った。
「ミス・ローズ……」
 臆することなくまっすぐに相手を見つめるのも、彼女が身につけた手管だろうか。青い目にいらだちがよぎるのを見て、ラウルは眉をひそめた。
「声を落として」ネルが小声で命じ、肩越しに背後を見やった。
 命令されることに慣れていないラウルは身をこわばらせた。
「子供たちの支度はできているか?」
「いいえ、できてないわ」せめて外見だけでも平静を装おうと、ネルは笑みを浮かべた。
 心中は穏やかではなかった。復讐の天使のように玄関口に立ったラウルを見たとたん、防衛本能が呼び覚まされた。脈が速く手が震え、気圧されている自分が腹立たしかったが、驚くには当たらない。ラウル・カレーラスが発散する強烈な男らしさに反応するのは、私だけではないはずだ。
「僕の意向ははっきりと伝えたと思うが」
 自分の命令に逆らう者などいないと彼が決めてかかっているのは明らかだ。
「たしかに」ネルは穏やかに同意した。「でも、それがいい考えだと思わなかったの」
 ラウルはまじまじと彼女を見つめた。「思わなかった?」
 驚きを隠せない彼の様子に胸がすっとし、ネルはついほほ笑んだ。
 たちまち、黒い目に怒りの色が浮かんだ。自分を笑った相手を簡単に許せる男ではないのだ。ネルはまじめな表情をとりつくろった。あえて彼の反感を買うのは無意味だし、考えてみれば、彼にとってはさんざんな一夜だったに違いない。パーティに出かける気分でないのはもちろん、ほほ笑む気もしないのは当然だろう。考えこんだ面持ちの端整なその顔をネルはそっとうかがった。それにしても、たしかに並はずれた男性だ。
 正直、もしもこれが別の男性だったら、躊躇なくこてんぱんにやっつけていただろう。彼が並の男性ではないのが問題なのだ。彼の性的魅力に判断を鈍らせられないようにしなければ。夢に描く理想の恋人のように見えるからといって、中身もそうだとはかぎらない。幻滅させられたらショックもひとしおだ。
 でも、そのほうがかえっていいかもしれないとネルは恨めしく思った。男らしい外見と同じように中身も完璧だとしたら、私なんかにはとうてい手の届かない相手ということになり、その事実に打ちのめされるだろう。
「ねえ、あなたがこの件をじっくり考えたとは思えないわ。少し話しあいましょうよ。とにかく、なかに入って」ネルは一歩わきに下がった。
「じっくり考えることなど何もない。僕は子供たちを連れて帰りたいんだ。路上に止めた車が故意に壊される前に」
 彼の不可解な敵意はいったいどこから来るのだろう。「あら、あなたが心配しているのは車なの」言葉が口から出ると同時にネルは後悔したが、かまわず続けた。「私はてっきりカテリーナとアントニオのことだと思っていたわ」
 きりっとした眉がつりあがった。「率直に言って、ミス・ローズ、僕の心配事はきみには関係ない」ラウルは小ばかにしたようにネルを見下ろし、形のいい小鼻をひくひくさせた。
 見下すような態度にネルの頬が紅潮した。彼の声や態度に表れているあからさまな軽蔑には、明らかに個人的な含みがあるようだ。


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