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エンジェルズ・スカイ

エンジェルズ・スカイ

著: シャロン・サラ 翻訳: 新井ひろみ
発行: ハーレクイン
シリーズ: MIRA文庫
価格:735円(税込)
10ポイント還元
形式:XMDF形式⇒詳細 
対応端末:パソコン ソニー“Reader”
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著者プロフィール

 シャロン・サラ(Sharon Sala)
 強く気高い正義のヒーローを好んで描き、業界のみならず読者からも絶大な賞賛を得る実力派作家。息子と娘、それに孫が四人いる。“愛も含め、持つ者は与えねばならない。与えれば百倍になって返ってくる”が信条。ダイナ・マコール名義の著書も出版されている。

解説

 瓦礫と化した町を、ケイティは必死に息子を捜して彷徨った。先ほど突如町を襲った竜巻は一瞬ですべてをなぎ払った。公園にいた子供たちは何とか教会に避難したが、息子の姿だけがどこにも見当たらないのだ。あの子の身に何かあったら……嗚咽を漏らすケイティの脳裏に浮かぶのは、幼い笑顔、そして遠く離れた夫J・Rの姿だった。彼と別居し始めたのは3カ月前。発端は些細な諍いだったのに、今では溝の埋め方がわからずにいる。ケイティは空を仰ぎ、愛する夫を想った。助けて、J・R――私たちを助けられるのはあなただけなの。

抄録

 ケイティは自分の目が涙で潤むのを感じたが、あふれる感情を抑えることはできなかった。震える声で彼女は言った。「だけど、ニューオーリンズへ引っ越したとしても、また異動がないとは限らないでしょう? そうなったら、ボビーとわたしはまた取り残されるのよ。知らない土地で――」
 J・Rが顔をしかめた。「もう異動はないよ。それに、いつまでも知らない土地じゃない。きみはすぐに友だちを作れるタイプだ。ボビーもね。頼むよ、ケイティ。妻と息子から遠く離れて、ほとんどひとりで暮らしてきたのはこのぼくだ。たくさんの機会を……奪われてきた。家族が一緒になれるチャンスがやっとめぐってきたんじゃないか」
 「でも、わたしの両親はあの町で……」  J・Rは歯噛みをした。「きみもぼくも両親を亡くしている。しかし、きみの両親が亡くなったのはニューオーリンズに住んでいたことが原因じゃない。ハリケーンがあの町を襲ったからだ。ハリケーンはボルドレーズでも発生するけれど、ぼくたちは生きている。それに、ぼくの両親が飲酒運転の車に轢かれたのだって、本人たちのせいじゃない。きみの考え方に従えば、事故に遭うかもしれないから家からは一歩も出られないってことになってしまう。そうだろう?」
 夫の言い分が正しいのはケイティにもわかっていた。それでもやはり、両親の痛ましい死にざまが忘れられない。
 「だけど、堤防は万全じゃないし、それに――」  ケイティが言い終わらないうちに、J・Rの表情がこわばった。
 彼は唐突にケイティを放して立ち上がると、腕時計に目をやった。
 「教会に遅れるといけない。この続きはまたにしよう。ボビーは支度できたかな。見てくるよ。あいつと一緒に車で待ってる」
 J・Rが部屋から出ていった。気を悪くしたのだ。それはケイティにもわかっている。でも、彼にはこの気持ちがわからないだろう。ボルドレーズにいれば安心なのに、ほかへ移るなんて考えられない。ましてやニューオーリンズへなんて。どうして、ああ、どうしてニューオーリンズなの?
 太陽のように輝いていた朝が、いっぺんに憂鬱なものになってしまった。ケイティは腰を上げてバッグを持ち、玄関へ向かった。教会で牧師様の話を聞けば、少しは明るい気持ちになるかもしれない。  だが、そうはいかなかった。自分たちのあいだに突然吹きはじめた隙間風にどう対処すればいいのか、ケイティにもJ・Rにもわからなかった。
 教会から戻って昼食を終えると、ボビーは外へ遊びに行ったが、J・Rは片づけをするケイティを手伝うためにキッチンに残った。

 ケイティは体をこわばらせた。J・Rには申し訳ないが、ボルドレーズを離れるなど、想像もできなかった。慣れ親しんだこの町にいれば安全なのは間違いないのだから。彼女は夫のほうを向けないでいた。落胆の表情を直視するのが怖かった。悪いのは自分だとわかっていながら、こればかりはどうしようもなかった。
 J・Rは皿を拭きながら、めまぐるしく変化する妻の表情をちらちらと見やった。心のうちが手に取るようにわかる。恐れ。疑い。無念。もどかしさ。
 しかしなぜ、こちらの気持ちを理解してくれないのか。このままではボビーの成長を間近で見ることができないままになってしまうではないか。週末だけ夫と父親になる人生など、思い描いたことはなかった。過ぎてしまった日々を悔やみはしないが、家族と過ごす時間を奪われるのはもうたくさんだ。人並みの家庭生活を送りたい。
 とうとうJ・Rは沈黙に耐えきれなくなった。
 「ケイティ、話し合いの続きをしないか?」
 ケイティが振り向いた。手から洗剤と水を垂らし、険しい表情をして。「話し合いですって? 勝手にひとりで決めてるくせに!」
 J・Rは平手打ちを食らったような気分だった。
 「そんなことないさ。でも、やっときみやボビーのそばで暮らすチャンスを与えられたんだ。きみがその点を大事に思ってくれないことが、ぼくには理解できない」
 「もちろん、大事よ。でも――」
 「でもも何もない。問題は、大事かそうじゃないかだけだ」
 心臓の鼓動が激しすぎて、ケイティはまともに考えることができなかった。
 「時間が必要なの」
 J・Rが肩をすくめる。「わかった」
 彼はカウンターにふきんを置いて出ていこうとした。
 「どこへ行くの?」
 「外でボビーと遊ぶんだ。二時間後には発たないといけない。そうしたらまた五日間、息子と――きみとも会えないわけだからね」
 J・Rの背後でドアが大きな音をたてて閉まると、ケイティの視界は涙でかすんだ。
 悪いのはわたしだ。じゅうぶん、承知している。でも、わかってほしい。ニューオーリンズみたいな危険な町で子育てはできない。大切な息子を危険にさらすわけにはいかないのだ。
 ケイティは窓に歩み寄って裏庭を眺めた。J・Rがバットを拾い上げた。それからボビーの背中を抱くようにして、握り方を教えはじめた。
 ふたりの横顔はとてもよく似ている。あと何年かすれば、ボビーはきっと、J・R・アールと瓜ふたつになる。
 いったいどうすればいいのだろう。ニューオーリンズに住みたくはない。しかし、いまみたいな父と息子の時間はボビーにとってかけがえのないものだ。時間は、あとから取り戻そうとしても取り戻せない。
 ケイティは窓に背を向けた。悲しくて後ろめたくて、涙がとめどなく流れた。
 その夜、結婚して初めてJ・Rは、妻に別れのキスをすることなく赴任地へ戻っていった。

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