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著者プロフィール
エマ・ダーシー(Emma Darcy)
フランス語と英語の教師を経て、結婚後、コンピューター・プログラマーに転職。ものを作り出すことへの欲求は、油絵や陶芸、建築デザイン、自宅のインテリアを整えることに向けられた。人と接するのが好きで、人と人とのつながりに興味を持っていた彼女は、やがてロマンス小説の世界に楽しみを見いだし、登場人物それぞれに独自の性格を与えることに意欲を燃やすようになった。旅を楽しみ、その経験は作品の中に生かされている。現在はオーストラリアのニューサウスウェールズにあるカントリーハウスに住む。
フランス語と英語の教師を経て、結婚後、コンピューター・プログラマーに転職。ものを作り出すことへの欲求は、油絵や陶芸、建築デザイン、自宅のインテリアを整えることに向けられた。人と接するのが好きで、人と人とのつながりに興味を持っていた彼女は、やがてロマンス小説の世界に楽しみを見いだし、登場人物それぞれに独自の性格を与えることに意欲を燃やすようになった。旅を楽しみ、その経験は作品の中に生かされている。現在はオーストラリアのニューサウスウェールズにあるカントリーハウスに住む。
解説
長く病を患ったせいで、養育資格を問われたキャリーは、最愛の一人息子を福祉事務所に取られてしまう。途方に暮れるキャリーの脳裏に浮かんだのは、ドミニク・サベジ。8年前、当時19歳だったキャリーが心から愛した人だ。とはいえ、ドミニクにとっては二人の関係は遊びでしかなく、泣きながら彼のもとを去って以来、一度も会っていない。富と権力を持つあの人なら、この窮地を救ってくれるかも……。藁にもすがる思いで、キャリーはドミニクのもとへ向かった。彼には絶対に知られたくない、ある秘密を抱えながら。
抄録
ドミニクの表情がしだいに悩ましげなものに変わっていく。キャリーはとんでもないことを言われるのではないかと身構えた。
「今のきみの状態とこの住まいを考えれば、福祉事務所の人たちの言うことももっともだと思う。彼らは赤ん坊のために一番いいことを……」
「いいことじゃありません!」
「最後まで聞けよ、キャリー。向こうの立場から考えてごらん。ぼくはそれを言ってるんだ。かりに赤ん坊を取り戻したにしても、このままでいいわけはないだろう。赤ん坊のことを考えればね。今しなければならないのは、彼らに今とは違う状況を示すことだよ。彼らがなんの心配もしないですむような……」
「何が言いたいんですか?」キャリーは急いで口をはさんだ。最悪のことが頭に浮かんできたのだ。
「ぼくの家は広いし、住みこみのメイドもいる。きみとダニーには十分な広さだと思う。ぼくの家に来ないか、キャリー? ダニーに必要なものはそろえよう。福祉事務所には大いばりで要求できる。ダニーは明日にも取り戻せるだろう。約束する」
キャリーは呆然とドミニクを見つめた。なんて恐ろしいことを考えるのだろう。自分の言っていることがわかっているのだろうか? ドミニクの妻と三角関係になってもいいというの? アリスンをこらしめようというの? 遊び回ってばかりで自分の要求に応えないから? キャリーは初めて赤ん坊について口にしたとき、ドミニクが示した反応を思い出した。アリスンは子どもを作りたがらないの?
それにしても、昔の恋人を家に入れるとは! わたしはごめんだわ! キャリーは台所の木のスツールに腰を下ろした。ふいに気分が悪くなってくる。もやもやを追い払おうと、キャリーは頭を振った。
「いいえ、ドミニク。それはできません」
「キャリー、よく考えてごらん。いやだと言うなら、ダニーを取り戻すのは時間がかかるよ」
「できません」キャリーの目は激しい反抗心に輝き、どんな説得にも屈しないと言っているようだった。
考えるまでもない。ドミニクの言うようにすれば、ダニーとキャリーにとっての状況は今よりもっとひどいものになる。そしてもし、ドミニクが背後の事情を少しでもかぎつけるようなことがあれば、大勢の人の生活を狂わすことにもなりかねない。選択の余地はないのだ。
「キャリー、聞き分けのないことを言うものじゃない。今はぐあいが悪いからわからないんだろうが……」
人が生き方や考え方を自分に都合のいいようにゆがめてしまうのは悲しくこっけいなことだ。ドミニクとアリスンの持っている価値観をキャリーは絶対に理解できなかったが、それにしてもこれはゆがみきっている。
「そればかりはなんと言われようとできません」キャリーも強く繰り返した。
張り詰めた沈黙が流れる。やがてドミニクが静かに言った。「いったい、ぼくがどんな悪いことをした、キャリー?」
キャリーは、思いがけない言葉にふと顔を上げてドミニクを見た。彼の世界に背を向け、寂しく歩み去ったときのことを……そのときの空しさと絶望感を思い起こした。キャリーと同じ痛みがドミニクの瞳にも浮かんでいるように思えたのだ。でも、そんなことあり得ないわ。わたしが去ったことでこの人が傷つくわけがない。男としてのプライドは傷ついたかもしれないけれど、それをすぐに忘れさせてくれるアリスンがいたじゃないの。
たぶんドミニクは過去のことではなく、今日のことを言ってるのだろう。キャリーが思いどおりにならなかったから。
「わたしにとって都合が悪いというだけです、ドミニク」キャリーはきっぱりと言った。
「きみはそんなにぼくを憎んでいるのか?」一語一語がゆっくりとドミニクの口から出た。
なぜものごとをゆがめて見てしまうのだろう。キャリーは悲しかった。ドミニクにはいいところがたくさんある。ドミニクへの気持は憎しみとは正反対だ。だが……また過去の過ちを繰り返すつもりはない。どんなに苛酷であっても、現実は現実として見なければならない。キャリーは寂しそうにほほえんだ。
「わたし、だれも憎んでなんかいないわ、ドミニク。あなたのことだって」
「そうか」ドミニクはつぶやいたが、理解したとは思えなかった。ぼんやりした目をして、まるで自分の胸の内を見ているようだ。
「別の方法を考えることにするわ」キャリーはたいぎそうに言った。シドニーを出て、どこかいなかに移るとか。タリー、ダボ……腕を生かせる仕事がある地方都市ならどこでもいい。パン屋の菓子職人でもいい。ホームメードのパイ屋とか。シェフにこだわるつもりはない。いなかなら生活費もかからないだろう。仕事さえ見つかれば……。
「ぼくも別の方法を考えてみるよ」
キャリーは顔をしかめてドミニクを見た。「もういいの。電話だけしていただきたいと思ったんだから……」
「電話はする」
「あとはけっこうよ」
「ぼくに任せてくれ」
ドミニクがどうするつもりなのか、キャリーにはわからなかった。が、これ以上話していてもしかたがない。「さようなら、ドミニク」
ドミニクはじっとキャリーを見つめていたが、やがてゆっくりとうなずいた。「送らなくていいよ」
「ありがとう」キャリーは小声で言った。抑えつけた気持がのどまで出かかっている。
「さよなら、キャリー」
愛撫にもひとしい、このうえなく優しい口調でドミニクは言った。キャリーの目に涙が浮かんだ。今度こそ永久に……あの人は離れていく。廊下を行く足音がして、入口のドアが開き、そして静かに閉まるのが聞こえた。長いこと、キャリーは微動だにしなかった。それから、ここ何年もなかったことだが、カウンターにつっぷし、胸をかむような孤独にすすり泣いた。
*この続きは製品版でお楽しみください。
「今のきみの状態とこの住まいを考えれば、福祉事務所の人たちの言うことももっともだと思う。彼らは赤ん坊のために一番いいことを……」
「いいことじゃありません!」
「最後まで聞けよ、キャリー。向こうの立場から考えてごらん。ぼくはそれを言ってるんだ。かりに赤ん坊を取り戻したにしても、このままでいいわけはないだろう。赤ん坊のことを考えればね。今しなければならないのは、彼らに今とは違う状況を示すことだよ。彼らがなんの心配もしないですむような……」
「何が言いたいんですか?」キャリーは急いで口をはさんだ。最悪のことが頭に浮かんできたのだ。
「ぼくの家は広いし、住みこみのメイドもいる。きみとダニーには十分な広さだと思う。ぼくの家に来ないか、キャリー? ダニーに必要なものはそろえよう。福祉事務所には大いばりで要求できる。ダニーは明日にも取り戻せるだろう。約束する」
キャリーは呆然とドミニクを見つめた。なんて恐ろしいことを考えるのだろう。自分の言っていることがわかっているのだろうか? ドミニクの妻と三角関係になってもいいというの? アリスンをこらしめようというの? 遊び回ってばかりで自分の要求に応えないから? キャリーは初めて赤ん坊について口にしたとき、ドミニクが示した反応を思い出した。アリスンは子どもを作りたがらないの?
それにしても、昔の恋人を家に入れるとは! わたしはごめんだわ! キャリーは台所の木のスツールに腰を下ろした。ふいに気分が悪くなってくる。もやもやを追い払おうと、キャリーは頭を振った。
「いいえ、ドミニク。それはできません」
「キャリー、よく考えてごらん。いやだと言うなら、ダニーを取り戻すのは時間がかかるよ」
「できません」キャリーの目は激しい反抗心に輝き、どんな説得にも屈しないと言っているようだった。
考えるまでもない。ドミニクの言うようにすれば、ダニーとキャリーにとっての状況は今よりもっとひどいものになる。そしてもし、ドミニクが背後の事情を少しでもかぎつけるようなことがあれば、大勢の人の生活を狂わすことにもなりかねない。選択の余地はないのだ。
「キャリー、聞き分けのないことを言うものじゃない。今はぐあいが悪いからわからないんだろうが……」
人が生き方や考え方を自分に都合のいいようにゆがめてしまうのは悲しくこっけいなことだ。ドミニクとアリスンの持っている価値観をキャリーは絶対に理解できなかったが、それにしてもこれはゆがみきっている。
「そればかりはなんと言われようとできません」キャリーも強く繰り返した。
張り詰めた沈黙が流れる。やがてドミニクが静かに言った。「いったい、ぼくがどんな悪いことをした、キャリー?」
キャリーは、思いがけない言葉にふと顔を上げてドミニクを見た。彼の世界に背を向け、寂しく歩み去ったときのことを……そのときの空しさと絶望感を思い起こした。キャリーと同じ痛みがドミニクの瞳にも浮かんでいるように思えたのだ。でも、そんなことあり得ないわ。わたしが去ったことでこの人が傷つくわけがない。男としてのプライドは傷ついたかもしれないけれど、それをすぐに忘れさせてくれるアリスンがいたじゃないの。
たぶんドミニクは過去のことではなく、今日のことを言ってるのだろう。キャリーが思いどおりにならなかったから。
「わたしにとって都合が悪いというだけです、ドミニク」キャリーはきっぱりと言った。
「きみはそんなにぼくを憎んでいるのか?」一語一語がゆっくりとドミニクの口から出た。
なぜものごとをゆがめて見てしまうのだろう。キャリーは悲しかった。ドミニクにはいいところがたくさんある。ドミニクへの気持は憎しみとは正反対だ。だが……また過去の過ちを繰り返すつもりはない。どんなに苛酷であっても、現実は現実として見なければならない。キャリーは寂しそうにほほえんだ。
「わたし、だれも憎んでなんかいないわ、ドミニク。あなたのことだって」
「そうか」ドミニクはつぶやいたが、理解したとは思えなかった。ぼんやりした目をして、まるで自分の胸の内を見ているようだ。
「別の方法を考えることにするわ」キャリーはたいぎそうに言った。シドニーを出て、どこかいなかに移るとか。タリー、ダボ……腕を生かせる仕事がある地方都市ならどこでもいい。パン屋の菓子職人でもいい。ホームメードのパイ屋とか。シェフにこだわるつもりはない。いなかなら生活費もかからないだろう。仕事さえ見つかれば……。
「ぼくも別の方法を考えてみるよ」
キャリーは顔をしかめてドミニクを見た。「もういいの。電話だけしていただきたいと思ったんだから……」
「電話はする」
「あとはけっこうよ」
「ぼくに任せてくれ」
ドミニクがどうするつもりなのか、キャリーにはわからなかった。が、これ以上話していてもしかたがない。「さようなら、ドミニク」
ドミニクはじっとキャリーを見つめていたが、やがてゆっくりとうなずいた。「送らなくていいよ」
「ありがとう」キャリーは小声で言った。抑えつけた気持がのどまで出かかっている。
「さよなら、キャリー」
愛撫にもひとしい、このうえなく優しい口調でドミニクは言った。キャリーの目に涙が浮かんだ。今度こそ永久に……あの人は離れていく。廊下を行く足音がして、入口のドアが開き、そして静かに閉まるのが聞こえた。長いこと、キャリーは微動だにしなかった。それから、ここ何年もなかったことだが、カウンターにつっぷし、胸をかむような孤独にすすり泣いた。
*この続きは製品版でお楽しみください。
本の情報
紙書籍初版: 2012/1/1
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