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和書>小説・ノンフィクション>ハーレクイン>ハーレクイン・テンプテーション
解説
父がカリブ海のリゾートに来たと聞いて、クレアはあわててあとを追ってきた。父は足を洗ったはずなのに、泥棒稼業をまた始めようとしているのだ。早くやめさせなければ=だが肝心の父親はなかなか見つからず、そのかわり行く先々で、クレアは一人の謎の男と出会う。北極の氷のような目をした男、危険な香りを漂わせ、見ているだけでセクシーな気持にさせる男。こんなに何度も会うなんて、とても偶然とは思えない……。そして夜になり、クレアはついに父とおぼしき人影を見た。屋根から、いくつか向こうの部屋のバルコニーへと飛び下りたのだ。なんとかしなければと思ったクレアは、手すりによじのぼり、必死で隣のバルコニーに飛び移った。さらに先に飛び移ろうとしたとき、部屋の中から人が出てきた。それもよりによって、あの男が=なんと言い訳したらいいのだろう……。すると彼が言った。「こんな危ないことまでして、ぼくに会いに来てくれたのかい?」
■この作家は、実はデブラとキャロルという友人同士。二つの個性が溶け合って、新しい世界を作り出しています。
■この作家は、実はデブラとキャロルという友人同士。二つの個性が溶け合って、新しい世界を作り出しています。
抄録
恐怖に身を震わせながら、一つ深呼吸をすると、クレアは膝を曲げて跳んだ。
一瞬ののち、右足がコンクリート製の細い桟の上に着地した。鉄製の手すりをがっちりとつかんだとたん、恐怖のあまり涙がにじんだ。できたじゃない!
クレアは気力を奮い起こして手すりをまたぎ、つま先立ちでバルコニーを横切った。コンクリートの上に敷かれたいぐさのマットの上を裸足で歩くと、大きな音がした。死者さえ目を覚ましかねないその音に思わずたじろいだが、そのまま閉ざされたスライド式の戸を横目に見ながらバルコニーを渡りきった。
乾いた唇をなめ、ふたたび手すりをまたいだ。震えながら桟の上に立ち、呼吸を整えようとする。足元の深い闇に、いやでもまた目が吸い寄せられる。
今夜、わたしは死ぬかもしれない。
クレアは即座にその考えを振り払った。「パニックに陥るのはやめなさい」みずからに小声で言い聞かせた。「一度できたんだから、また同じように跳べばいいのよ」
飛び越えはしたものの、クレアは錬鉄製の手すりに膝の片方をぶつけた。燃えるような痛みが走る。あえいだとたん、足が滑った。彼女はパニックに襲われ、思わず悲鳴をあげた。手すりをつかんで必死にしがみつく。クレアは目をぎゅっと閉じ、片脚をぶらぶらさせながら、しばらくそこにうずくまっていた。もう死ぬことを考えるのはよそう。体の動きがぎこちなくなるだけだ。
どこからともなくヒステリックな笑いがこみ上げてきた。が、クレアはそれをこらえた。今は笑っている場合ではない。真夜中に他人の部屋のバルコニーに飛び移ったりしたせいで、正気をなくしているのかもしれない。けれども、正気かどうか自問している時間もない。
できるだけ呼吸を整え、脚の震えを抑えて、そっと手すりをよじのぼった。そのとたん、体が凍りついた。スライド式の戸が開いていて、暗い部屋の中で白いカーテンが風に翻っている。部屋の明かりは消えていて、人の気配は感じられない。
つま先歩きでバルコニーをそっと渡りきったとき、視野の片隅に人影をとらえた。その黒い人影が部屋から出てくる。クレアは息をのみ、その場に凍りついた。
「きみか!」彼の優しい深みのある声には、驚くと同時に、おもしろがるような響きがあった。
クレアは振り返ってうめいた。まさか、彼だなんて。これは悪い夢よ。
バルコニーなら世界じゅうにたくさんあるのに、どうして彼のバルコニーで見つからなければならないの?
「こんばんは」変に思われただろうが、ほかに言う言葉が見つからなかった。「ここで何をしているのか不思議でしょうね」本人だってそうだもの。
彼は翻っていたカーテンを開けて、部屋から出てきた。クレアの目の前に立ち、微笑を浮かべている。
「いいや。こんなことをしてまで会いに来てくれて嬉しいよ。ドアからでも歓迎したのに」彼は全身黒ずくめで、シャツの襟元を開けていた。
「あなたに会いに来たわけじゃないわ」クレアは今、この男のばかげたゲームにつき合っている気分ではなかった。
「なんだ。がっかりだな」そう言った彼の深みのあるしゃがれ声にも、目つきにも、どこかおもしろがっているようなところがあった。
「あなたなら、すぐに立ち直るわよ」
ああ、神様。どうか、どうしてここにいるのか尋ねられませんように。
「その幸せ者は誰なんだ?」
一瞬、彼が何を言っているのかわからなかった。が、次の瞬間、安堵で胸がいっぱいになり、先ほどまでの絶望が嘘のように晴れやかな気分になった。
彼はわたしをセックス好きな無鉄砲な女だと思い込んでいる。
クレアは安堵に気づかれないよう、恥ずかしげにうつむいたが、まつげのあいだからコブラでも見るような目つきで彼を観察しつづけた。
「その質問には答えられないわね」思わず挑戦的な口調になってしまった。
彼はクレアをじっと見つめ、やがて、いやらしい笑みを浮かべた。クレアは唇を噛みしめた。どうするつもりなのだろう? 彼には予測がつかないところがある。
彼はゆっくりと近づいてきて、深みのあるベルベットのような魅惑的な声で囁いた。「命がけで会いに行くなんて、よほど特別な人なんだね」
彼の軽やかな足取りは、獲物を狙う動物のようだった。クレアはいつでも逃げられるように、全身の筋肉を緊張させながら横に移動した。「ええ」少なくともそれは嘘ではなかった。
しばらく彼はクレアを見つめていた。両手をズボンのポケットに突っ込み、一見リラックスしているように見えたが、実はいつでも飛びかかれるよう警戒を怠っていないことに、クレアは気づいていた。
彼の射るような視線で、体に穴があくのではないかとさえ思った。これ以上後ろに下がらないためには、気をしっかり持たなければならない。彼を脅威に感じていることを決して悟られてはだめだ。クレアはその場で足を踏みしめ、耳元で脈打つ鼓動を懸命に無視しようとした。
「変に思われそうだけど、ぼくは嫉妬してる」
「確かに変だわ。こんなところで、あなたと立ち話をしているわたしも変だけど」
クレアは彼に背を向けて、さっさと歩き出すべきだった。が、彼から視線が離せなかった。しなやかに引きしまった体、黒いズボンをはいた長い脚、開襟シャツからのぞくたくましい喉のライン、くぼみのある意志の強そうな顎、そして魅惑的な目。
彼はどこから見ても力強くて、男らしくて、セクシーで、危険な香りがした。彼のキスはどうかしら?
*この続きは製品版でお楽しみください。
一瞬ののち、右足がコンクリート製の細い桟の上に着地した。鉄製の手すりをがっちりとつかんだとたん、恐怖のあまり涙がにじんだ。できたじゃない!
クレアは気力を奮い起こして手すりをまたぎ、つま先立ちでバルコニーを横切った。コンクリートの上に敷かれたいぐさのマットの上を裸足で歩くと、大きな音がした。死者さえ目を覚ましかねないその音に思わずたじろいだが、そのまま閉ざされたスライド式の戸を横目に見ながらバルコニーを渡りきった。
乾いた唇をなめ、ふたたび手すりをまたいだ。震えながら桟の上に立ち、呼吸を整えようとする。足元の深い闇に、いやでもまた目が吸い寄せられる。
今夜、わたしは死ぬかもしれない。
クレアは即座にその考えを振り払った。「パニックに陥るのはやめなさい」みずからに小声で言い聞かせた。「一度できたんだから、また同じように跳べばいいのよ」
飛び越えはしたものの、クレアは錬鉄製の手すりに膝の片方をぶつけた。燃えるような痛みが走る。あえいだとたん、足が滑った。彼女はパニックに襲われ、思わず悲鳴をあげた。手すりをつかんで必死にしがみつく。クレアは目をぎゅっと閉じ、片脚をぶらぶらさせながら、しばらくそこにうずくまっていた。もう死ぬことを考えるのはよそう。体の動きがぎこちなくなるだけだ。
どこからともなくヒステリックな笑いがこみ上げてきた。が、クレアはそれをこらえた。今は笑っている場合ではない。真夜中に他人の部屋のバルコニーに飛び移ったりしたせいで、正気をなくしているのかもしれない。けれども、正気かどうか自問している時間もない。
できるだけ呼吸を整え、脚の震えを抑えて、そっと手すりをよじのぼった。そのとたん、体が凍りついた。スライド式の戸が開いていて、暗い部屋の中で白いカーテンが風に翻っている。部屋の明かりは消えていて、人の気配は感じられない。
つま先歩きでバルコニーをそっと渡りきったとき、視野の片隅に人影をとらえた。その黒い人影が部屋から出てくる。クレアは息をのみ、その場に凍りついた。
「きみか!」彼の優しい深みのある声には、驚くと同時に、おもしろがるような響きがあった。
クレアは振り返ってうめいた。まさか、彼だなんて。これは悪い夢よ。
バルコニーなら世界じゅうにたくさんあるのに、どうして彼のバルコニーで見つからなければならないの?
「こんばんは」変に思われただろうが、ほかに言う言葉が見つからなかった。「ここで何をしているのか不思議でしょうね」本人だってそうだもの。
彼は翻っていたカーテンを開けて、部屋から出てきた。クレアの目の前に立ち、微笑を浮かべている。
「いいや。こんなことをしてまで会いに来てくれて嬉しいよ。ドアからでも歓迎したのに」彼は全身黒ずくめで、シャツの襟元を開けていた。
「あなたに会いに来たわけじゃないわ」クレアは今、この男のばかげたゲームにつき合っている気分ではなかった。
「なんだ。がっかりだな」そう言った彼の深みのあるしゃがれ声にも、目つきにも、どこかおもしろがっているようなところがあった。
「あなたなら、すぐに立ち直るわよ」
ああ、神様。どうか、どうしてここにいるのか尋ねられませんように。
「その幸せ者は誰なんだ?」
一瞬、彼が何を言っているのかわからなかった。が、次の瞬間、安堵で胸がいっぱいになり、先ほどまでの絶望が嘘のように晴れやかな気分になった。
彼はわたしをセックス好きな無鉄砲な女だと思い込んでいる。
クレアは安堵に気づかれないよう、恥ずかしげにうつむいたが、まつげのあいだからコブラでも見るような目つきで彼を観察しつづけた。
「その質問には答えられないわね」思わず挑戦的な口調になってしまった。
彼はクレアをじっと見つめ、やがて、いやらしい笑みを浮かべた。クレアは唇を噛みしめた。どうするつもりなのだろう? 彼には予測がつかないところがある。
彼はゆっくりと近づいてきて、深みのあるベルベットのような魅惑的な声で囁いた。「命がけで会いに行くなんて、よほど特別な人なんだね」
彼の軽やかな足取りは、獲物を狙う動物のようだった。クレアはいつでも逃げられるように、全身の筋肉を緊張させながら横に移動した。「ええ」少なくともそれは嘘ではなかった。
しばらく彼はクレアを見つめていた。両手をズボンのポケットに突っ込み、一見リラックスしているように見えたが、実はいつでも飛びかかれるよう警戒を怠っていないことに、クレアは気づいていた。
彼の射るような視線で、体に穴があくのではないかとさえ思った。これ以上後ろに下がらないためには、気をしっかり持たなければならない。彼を脅威に感じていることを決して悟られてはだめだ。クレアはその場で足を踏みしめ、耳元で脈打つ鼓動を懸命に無視しようとした。
「変に思われそうだけど、ぼくは嫉妬してる」
「確かに変だわ。こんなところで、あなたと立ち話をしているわたしも変だけど」
クレアは彼に背を向けて、さっさと歩き出すべきだった。が、彼から視線が離せなかった。しなやかに引きしまった体、黒いズボンをはいた長い脚、開襟シャツからのぞくたくましい喉のライン、くぼみのある意志の強そうな顎、そして魅惑的な目。
彼はどこから見ても力強くて、男らしくて、セクシーで、危険な香りがした。彼のキスはどうかしら?
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