和書>小説・ノンフィクション>ボーイズラブ小説>主従関係

解説
十歳になった日、広瀬家跡取り・秋信の愛人として囲われた深。鎖に繋がれ監禁され組み敷かれる日々に少しずつ壊れてゆく深を支えていたのは、秋信の弟・隆信との優しい思い出だけだった。だが十六年後、隆信は逞しく成長して現れた――欲望に溺れ母を死に追いやった兄と、深に復讐する為に。彼は兄から深を奪い、夜ごと憎しみをぶつけるように蹂躙した。身体は手酷く抱かれながらも、深の心は少年だった頃の隆信の記憶に縋ってしまい……。
※こちらの作品にはイラストが収録されていません。
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目次
春暁
清夏
清夏
抄録
歩くたびに、鎖の引きずられる音が響く。外からは見えない位置に椅子を置き、深は窓からそっと庭を眺めた。特別風景がよいわけではない。深はただ、待っているのだ。
昔ながらの和風の平屋と違い、広瀬家の本邸は和洋折衷の二階建ての屋敷であった。二階の、最も広い主寝室が深が囲われている秋信の部屋だ。真鍮の寝台に深が鎖で繋がれてから、もう一年以上過ぎていた。
壁にもたれながら、深はじっと二階の窓から外を眺めている。ここから見える庭園に、人影はない。咲き乱れる花々があるだけだ。
ぼんやりと流れていた視線が、ふと膝に落ちる。膝に乗った己の細い手首を、深は見るともなしに眺めた。深は十五歳になっていた。
いまだ、大人へと成長する兆しは見えない。骨の浮いた細い手首は、少年のものとしても華奢すぎた。長く伸ばした髪を垂らしている様は、一見すると少女のようにも見える。
――早く大人になりたい……。
声に出さず、深は思った。一年前にも、深は同じように思っていた。大人になってごつい身体になれば、解放してもらえる。だが、この調子では解放されるのはまだまだ先の話だった。
虚ろな目で、深はまた窓の外を眺めた。なにも見えない、代わり映えのしない景色だが失望はしない。時間だけはたっぷりあった。待つ時間だけは、常に変わらず深のものだった。
明日か、明後日か、一週間先か、十日先か、それともひと月か、ふた月か――。
たったひとつの縁のためだけに、深は毎日同じ場所に椅子を運び、座っていた。
――……隆信様。
それは深の、最後の光だった。無理矢理淫靡な檻に囚われた深の、たったひとつの最後の光だ。
永遠に失われた最後の光をかいま見る時だけ、深は少しだけ息をつくことができた。死んでしまった心が、ほんの少しだけ蘇る。
どうか幸せでありますように。
どうか健やかでありますように。
ただひとつの希望に祈る時だけ、深は自分が人形ではなく、人間であることを思い出せた。
だから、毎日同じ場所で待つのは苦にならない。
「――……っ」
人影に、死んでいた深の眼差しに生気が宿る。うかつな言葉を口にしないよう口元を押さえ、深は陰に隠れるようにして、地上を見つめた。
――隆信様……。
深がひとつ年を重ねたように、隆信もひとつ成長している。深よりふたつ下の隆信は、十三歳だ。深が隆信と同じ年齢だった頃はもっと子供っぽかったのに、隆信は早くも、大人へと成長する兆しをみせている。滑らかだった頬の線がわずかに削げだし、目元に険しさが漂っていた。子供と大人が混ざり合った顔を、隆信はしている。
身長はどうだろう。一年前より、伸びているだろうか。
――ああ、大きくなられた。
深は嬉しそうに目を細めた。
隆信からは幼いながらも、将来の風格が感じられた。成長した暁には、堂々とした見惚れるような男ぶりを見せるだろう。神経質さを如実に感じさせる秋信とは、対極の容貌だ。
ツキリ、と胸に痛みが走った。忘れるなと、心が警告する。
深を飼っているのは、隆信でなく秋信だ。秋信の頸木に深は逃れようもなく繋がれている。少なくとも、深が無骨な大人の男になるまでは。
*この続きは製品版でお楽しみください。
昔ながらの和風の平屋と違い、広瀬家の本邸は和洋折衷の二階建ての屋敷であった。二階の、最も広い主寝室が深が囲われている秋信の部屋だ。真鍮の寝台に深が鎖で繋がれてから、もう一年以上過ぎていた。
壁にもたれながら、深はじっと二階の窓から外を眺めている。ここから見える庭園に、人影はない。咲き乱れる花々があるだけだ。
ぼんやりと流れていた視線が、ふと膝に落ちる。膝に乗った己の細い手首を、深は見るともなしに眺めた。深は十五歳になっていた。
いまだ、大人へと成長する兆しは見えない。骨の浮いた細い手首は、少年のものとしても華奢すぎた。長く伸ばした髪を垂らしている様は、一見すると少女のようにも見える。
――早く大人になりたい……。
声に出さず、深は思った。一年前にも、深は同じように思っていた。大人になってごつい身体になれば、解放してもらえる。だが、この調子では解放されるのはまだまだ先の話だった。
虚ろな目で、深はまた窓の外を眺めた。なにも見えない、代わり映えのしない景色だが失望はしない。時間だけはたっぷりあった。待つ時間だけは、常に変わらず深のものだった。
明日か、明後日か、一週間先か、十日先か、それともひと月か、ふた月か――。
たったひとつの縁のためだけに、深は毎日同じ場所に椅子を運び、座っていた。
――……隆信様。
それは深の、最後の光だった。無理矢理淫靡な檻に囚われた深の、たったひとつの最後の光だ。
永遠に失われた最後の光をかいま見る時だけ、深は少しだけ息をつくことができた。死んでしまった心が、ほんの少しだけ蘇る。
どうか幸せでありますように。
どうか健やかでありますように。
ただひとつの希望に祈る時だけ、深は自分が人形ではなく、人間であることを思い出せた。
だから、毎日同じ場所で待つのは苦にならない。
「――……っ」
人影に、死んでいた深の眼差しに生気が宿る。うかつな言葉を口にしないよう口元を押さえ、深は陰に隠れるようにして、地上を見つめた。
――隆信様……。
深がひとつ年を重ねたように、隆信もひとつ成長している。深よりふたつ下の隆信は、十三歳だ。深が隆信と同じ年齢だった頃はもっと子供っぽかったのに、隆信は早くも、大人へと成長する兆しをみせている。滑らかだった頬の線がわずかに削げだし、目元に険しさが漂っていた。子供と大人が混ざり合った顔を、隆信はしている。
身長はどうだろう。一年前より、伸びているだろうか。
――ああ、大きくなられた。
深は嬉しそうに目を細めた。
隆信からは幼いながらも、将来の風格が感じられた。成長した暁には、堂々とした見惚れるような男ぶりを見せるだろう。神経質さを如実に感じさせる秋信とは、対極の容貌だ。
ツキリ、と胸に痛みが走った。忘れるなと、心が警告する。
深を飼っているのは、隆信でなく秋信だ。秋信の頸木に深は逃れようもなく繋がれている。少なくとも、深が無骨な大人の男になるまでは。
*この続きは製品版でお楽しみください。