和書>小説・ノンフィクションボーイズラブ小説刑事

罪に眠る恋【イラスト入り】

罪に眠る恋【イラスト入り】

著: 李丘那岐 画: 麻生海
発行: リブレ
レーベル: ビーボーイノベルズ



解説

 交番勤務の警官・虎太郎。高校時代のライバル、久竜に抱いていた淡い想いと、キラキラ輝く思い出があれば、辛い過去も忘れていられる。そう前向きに生きる虎太郎の前に、刑事になった久竜が現れる。かつて憧れ、恋焦がれた久竜は、あの頃と変わらない真っ直ぐな視線を向けてくる。恋なんてする資格はない。閉じ込めたはずの気持ちが疼き出した虎太郎だったが、秘めた過去に繋がる事件を久竜と共に追うことになり……!?

※ 本作品はイラスト入りです。電子書籍化して配信するにあたり一部単行本と異なる仕様がございます。

抄録

「こないだの絞殺事件、あれの捜査本部が連続殺人に切り替わるんでな。本庁からも増員されて、大忙しだ」
 主任は溜息交じりにぼやいた。邪魔になりそうだからと先輩警官に促され、主任に頭を下げて廊下に出る。交番に戻ろうと一歩踏み出した足が、そこでぴたりと止まった。
 暗い廊下の先に日溜まりがある。階段を上がったところに窓から外光が降り注いでいるだけなのだが、そのきらめきの中に、まるで瞬間移動でもしてきたように男が忽然と現れた――ように、虎太郎には見えた。
 あの日、夢のようにかき消えた人物が、夢のようにまた目の前に現れる。
 背筋の伸びた堂々とした立ち姿は、着るものがスーツに変わっても印象は変わらなかった。強い日差しで、より黒っぽく見えるスーツは、袴とはまた違うストイックさを醸し出している。
 そのしっかりとした肩幅と長身に、どれだけ憧れ、悔しい思いをしたことか……。
 硬そうな黒髪は、高校時代の坊主頭よりはさすがに少し伸びていたが、いい感じに立ち上がっている。通った鼻筋と深い黒の瞳は以前と変わりなく、しかし頬の肉は以前より削げて精悍さが増していた。昔の硬派で真面目という印象にワイルドさが加わって、大人の男の色気を発している。
 ガラスの箱の中にしまっておいた思い出たちが、ざわざわと騒ぎ出す。一瞬にしてクリアによみがえる、あの頃の想い。心が波立つのを止められない。
 長いストライドで颯爽と歩く、その姿が大きくなるごとに鼓動も速くなっていった。足取りに迷いはない。たぶんその目に制服警官の顔など入ってはいないだろう。目に入ったところで、今もこの顔を覚えているとは限らないけれど。
 存在に気づかれないことより、忘れられていると知ることの方が傷つきそうな気がして、虎太郎はさりげなく顔を背け、先輩の陰に隠れるようにして擦れ違おうとしたのだが――。
「篠、宮?」
 戸惑ったような声にピクリと反応して足が止まった。それが確かに自分の名前であることを、恨めしいような嬉しいような、複雑な気分で受け止める。ひとつ息をついて横を向けば、昔のままの黒瞳が自分を捉えていた。
 その顔には明確な驚きが刻まれている。
「久竜……ひさしぶり」
 十年ぶりだ。これだけ年月が経てば、笑みを向けることもそれほど難しいことではなくなっていた。自然な笑顔だとはとても言えないが、感情を隠して社交辞令の笑顔を作るくらいは造作もない。
「ああ、ひさしぶりだな」
 久竜は答えながらもまだどこか呆然としていた。虎太郎の制服姿を上から下までしげしげと見つめ、顔に戻ってまたじっと見つめる。なんだかとても居たたまれない気分になって、虎太郎は視線を泳がせた。
 その時、不意に久竜がクスッと笑って、虎太郎はなにを言われるのかと身構える。
「おまえ……全っ然変わってないな」
 言われた言葉に思わず顔が引きつった。先輩が隣でプッと噴き出したのを軽く睨んで、久竜にもきつい眼差しを向ける。
「変わってないわけないだろ。十年だぞ」
 偉そうに言ってみたけれど、見た目があまり変わっていないというのはよく言われることだった。でも、中身は十年前とはかなり違ってしまっている。変わってないと認めると、まるで表面だけ偽装していると認めるようで、否定せずにいられなかった。
「だってなあ……。まあ、年はくってるんだけど。十年前に別れた奴が、そのまま目の前に現れたかと思って驚いた」
「それはこっちだって……」
 同じことを思ったのだと、運命のようなものを感じそうになって、慌てて「こんなところでなにしてるんだよ」と話を逸らした。
「ああ、俺は今、本庁で刑事をしてて、例の絞殺事件の捜査本部がここに立ってるから、それで。だけど篠宮が警官になっていたとはな……。似合うけど、制服」
 久竜が警視庁捜査一課の刑事になっているということは知っていた。それに至るエピソードを虎太郎は二、三、耳にしていたが、どれも都市伝説的なあやふやなものでしかなかった。重要なのはそれが事実かどうかより、そんなものを生んでしまうような男だということの方だろう。
 普段は刑事に制服が似合うなどと言われたら、嫌味かと疑ってしまうのだが、相手が久竜だと馬鹿みたいにあたふたしてしまうだけだった。顔にも態度にも出しはしないが。
「おまえら、同級生かなにかか?」
 先輩警官が十五センチほども身長差のある二人を見比べながら不思議そうに問う。
「あ、はい。高校の時、学校は違ってたけど剣道大会のたびに顔を合わせてたんで……。高校卒業してからは、初めて会ったんですけど」
「本庁捜査一課の久竜といいます。高校の時はライバルだったんですよ、篠宮とは」
 先輩に自己紹介して、自然な笑顔で久竜はそう付け加えた。
 ライバルという言葉に胸が熱くなった。そう思っているのは自分だけかもしれないと、高校の時も自信がなかったのだ。認めてもらえていたことがわかって、嬉しくなる。
「ああ、なるほど。剣道やってる時だけは、おっかないもんな、虎太郎は」
「ですよね。油断するととんでもない目に遭いますから」
 先輩の言葉に久竜が機嫌よく乗っかった。
 この先輩も腕前はなかなかのもので、所轄署対抗の剣道大会では二人でけっこういいところまでいったのだが、上には上がいる。もしかしたら久竜も出場するのではと、心密かに出場選手をチェックしていたのだが、忙しいのだろう。見たことはなかった。
「だけはよけいですよ、尾形さん。久竜も、おまえが油断してるとこなんて見たことないし」
 虎太郎はそうぼやいて、笑い合っている二人を睨みつけた。だけど口元は少し緩んでいたかもしれない。
「ひさしぶりに、やりたいな」

*この続きは製品版でお楽しみください。