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6000人を一瞬で変えたひと言

6000人を一瞬で変えたひと言


発行: サンマーク出版
価格:636pt
形式:XMDF形式⇒詳細 MEDUSA形式⇒詳細
対応端末:パソコン ソニー“Reader” スマートフォン タブレット
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著者プロフィール

 大越 俊夫(おおごし としお)
 「師友塾」塾長。「国際教育アカデミー(AIE)」学院長。1943年、広島県尾道市に生まれる。73年、関西学院大学大学院米文学研究科博士課程修了。同大学院在籍中に帝塚山短期大学専任講師を務める。ブリティッシュ・コロンビア大学留学を経て、75年、神戸市御影に、不登校児・高校中退生のための「師友塾」を創設。以降、現在までに6000人を超える若者と正面から向き合い、日々真剣勝負を続けている。80年、カリフォルニア・ルーテル大学英文科准教授。81〜84年、同大学学長補佐。同時に大学の協力を得て「AIE」(現本部シアトル)を設立。「師友塾」と連携させ、日本からの留学生の育成にも力を注ぐ。月刊誌『パーセー』主宰。『子どもが学校に行かなくなったら赤飯をたきなさい!』(サンマーク出版)、『青春革命』(日本文化科学社)、『幻の鯉のぼり』(白揚社)、『「ひとり立ち」できる子 がんばれる子』(海竜社)、『自然に勉強する気になる子の育て方』(幻冬舎)など、著書多数。
 リバースアカデミー「師友塾」ホームページ http://www.rebirthacademy.com/

解説

 不登校児・中退生を対象にした私塾「師友塾」塾長が贈る、あなたの根っこを揺るがし、勇気と元気をくれる、27篇の宝物。

目次

プロローグ
第1章「順調」は地獄の始まり


 壁は、その人に乗り越える能力があるからこそ、与えられる。
 「順調」は地獄の始まり。「もうだめだ」と思った時こそ天国の始まり。
 失敗した時は、「あー、ダメだ」と言わずに、「ムッチャくやしいー」と言いなさい。 何事も、完成してから進んだのでは遅すぎる。未完成のまま進み続け、だんだんに足り ないところを補っていけばいい。
 ギリギリの状態に自分を置くと、命のアンテナが働き出す。


第2章 君は世界に一人しかいない


 ときには、狂人のように突き進まねばならない。
 そのうちなんとかなる?いや、ならないよ。自分の人生は、自分で切り開くんだ。
 十年後のキミを、具体的にイメージしてみよう。
 どこで、どんな服装で、どんな歩き方で、どんなことを考えているか?
 そのイメージに向かって日々を過ごすんだ。
 百知って何もしないより、三知って、その三つを実践するほうがいい。


第3章 友と共にあるということ


 自分中心に全体を見ないで、全体の中から自分を見てみようよ。違う風景が見えてくる から。
 「For」ではなくて「With」、「With」よりも「In」。
 自分が十もらったら、半分は人にあげなさい。
 友を持とうとするな。友と共にあれ。
 僕たちが苦しみを背負えば、世の中から少しは苦しみが減るだろう?


第4章 生き方は違ってもいい


 後輩にいいカッコを見せようとしていないかい?
 本当に後輩のことを思うなら、君が失敗して這い上がる姿を見せてやってくれ。
 「たかが○○」と思っていることに、熱中してみよう。
 思っているほど満足にできないものだよ。自分の実力を知るいい機会だ。
 人を妬(ねた)むのは、自分が完全燃焼していないからだ。
 適応できないと感じるのも能力だ。これを「不適応能力」と言う。
 百、悪いことをしたら、百一、いいことをすればいいじゃないか。


第5章 変わるのは恥ではない


 自分の輪郭をはっきりさせるのが、本当の成長なんだよ。
 “前提”を疑え。当たり前だと思っていることを疑え。
 変わることは、恥ずかしいことではない。変われないやつのほうが「根性なし」だ。
 必要なのは「肚(はら)」、それだけだ。
 二つの道があって、どちらに行こうか迷ったら、苦労の多いほうを選べば、まず間違い がない。
 中心軸を絞りなさい。軸が二つあったら、コマだって回らない。
 何かを決断するということは、同時に、何かを捨てるということ。捨てなければ、何か を得ることはできない。
 君たちは、一夜にして変わることができる。


エピローグ

抄録

◎人は、一夜にして変わることができる


 一九七五年、私は不登校児・中退生を対象にした私塾「師友塾(しゆうじゅく)」を作りました。以来二十九年間、六千人におよぶ若者ととことんつき合い、彼らの心身のケア、「こころ」と「あたま」の成長をサポートし、進路の開拓に心を砕いてきました。
 私のライフワークともなったこの子どもたちとのつき合いは、未熟な子どもと、彼らを教え導く大人との関係というよりは、人間同士、魂と魂をぶつけ合う壮絶な闘いであり、互いを高めていく激しさと優しさにあふれた充実した関係だったと思っています。
 その充実感の最たるものは、私が祈るような気持ちで彼らに投げかけた言葉が、思いもかけぬ深いところで彼らを動かし、その感動がまた私を変え、私自身の成長を促してくれたことです。
 ときには直感的にふと口を突いて出た言葉であり、またときには丸一日、丸一週間も考えに考え抜いて言った言葉であったりもしましたが、それらの言葉が、彼らを劇的に変えた、ある場合にはそのひと言を待ってでもいたかのように瞬時にして彼らを変えた……その感動は、文字どおり筆舌に尽くしえません。
「それだけ彼らの心に響き、彼らを変えることができたということは、おそらくこれらの言葉は、子どもと大人のやりとりを超え、まして不登校児や中退生という特殊性にとらわれず、もっと幅広く子どもや大人、人間一般の心に訴えられるのではないか……」
 三年前、私の著書『子どもが学校に行かなくなったら赤飯をたきなさい!』を出版してくださって以来、私たちの活動をいつも温かく見守ってくださっていたサンマーク出版から、右のような熱心なお誘いがあり、このたび子どもたちの記憶に残る数々の言葉のうちから厳選した『6000人を一瞬で変えたひと言』をご紹介することになりました。
「人は、一夜にして変わることができる」――。そのことを如実に経験してきた私の半生の、総決算とも言えるのがこの一冊です。


◎生きるのを諦めた子が元気になる秘密


 本文をお読みいただくにあたり、これらの言葉に行き着いた私の歩みを、かいつまんでお話ししておきます。
 仏典にある「二求(にぐ)の心」という言葉を「人生においてよき師を求め、よき友を求める」と私流に解釈して命名した「師友塾」は、まず京都に誕生し、二年後、神戸に移ったのちは、そこを本拠地に大阪校・東京校と、全国規模にまで活動を広げてきました。
 当時、不登校児は登校拒否児と呼ばれ、彼らを社会の落伍者と見なす傾向がありました。
「学校は社会の縮図なのだから、学校生活もまともに送れない人間は、社会に出てもうまく生きてはいけない。社会はもっと厳しいものなのだ」
 そんな声が多かったのです。
 しかし、学校が社会の縮図だという一面があったとしても、人を蹴落としてでも這い上がることを是とする社会ならば、その社会のほうが間違っていると私は思います。
 不登校の子どもたちは、こうしたおかしさに敏感に気づいた子どもたちと言えます。個性もまちまちで、不登校の理由はさまざまですが、彼らには共通したある特徴が浮かび上がってくるからです。つまり、他人の世話をしたがり、自然や動物に対して優しく、競争を極度に嫌うのが彼らなのです。
 しかも、不幸なことに、彼らには、学校は義務として行かなければならないものという感覚が刷り込まれています。学校へ行けないのは、根性がないからであり、現実逃避をしている甘ったれというマイナス面でしか評価されません。
 ですから、これらの特徴を長所として認識することができずに、自分は学校にも行けない親不孝者の人生の落伍者と思い込んでいます。私は、そのように二重に抑圧された心をなんとか解放できないものかと思いました。
 端的に言えば、彼らは「学校へ行けない」のではなく、「学校へ行かない」ことを選んだのです。したがって、師友塾は、不登校児を元のコースに戻すことを本来の目的にはしていません。テーマは「元気」です。笑顔を失った彼らが笑顔を取り戻し、腹の底から大きな声を出せるようになることを重要課題にしているのです。
 入塾した子どもたちは、まず、自分を解放するためのセミナーや、北海道での長期の合宿に参加します。体を動かして釣りやスポーツに汗を流すわけですが、そうした行動を通して、彼らは自分を取り戻し、他と協力して何かをなすことの喜びを感じることができるようになります。
 そうして元気を取り戻した彼らは、やがて、自らの目的や夢を描き、それを実現するための道を模索し始めます。そういう子どもたちのために、いろいろなコースが設けられました。


 高校卒業の資格がとれる「高等部」
 大学入学資格検定試験、いわゆる大検合格をめざす「大検コース」
 人間としての基礎を育成する「アカデミックコース」
 大学合格をめざす「プレップスクール(大学予備校)」
 最近増えてきた小中学生のためのプログラム「ジュニアコース」
 海外の大学への留学部門「AIE」


 内容としては、一般の進学塾と変わらないようですが、最も大きなポイントは、塾生自らが、自分の意思でこうしたコースの誕生を求めたところにあるのです。「学校」プラス「人間育成」の塾ならではと自負しています。


◎競争しなくても人は生きていける


 なぜ、私がこうした塾を作ろうとしたのか。それは、私自身が競争を降りた人間だからです。この実体験から、彼らの心に寄り添い、それを少しは理解することができるかもしれないと思ったのです。
 十五歳の時でした。私は胸の病を患い、友人たちから大きく遅れをとって、取り残されたような挫折感を味わいました。そして、この大病を境目に、その後の人生の歯車が、微妙に違う方向へ回り始めました。日の当たる道を求めていながら、どういうわけか、日の当たらない道を選んでしまう、器用とは言えない生き方がついて回るようになりました。
 復学後、担任の先生のご好意で高校へ進学し、大企業へ就職もできました。しかし、一年であっさり放棄してしまいます。自分のやりたいことと違うと思ったわけです。さらに、その後夢をかなえて、大学教師になり、妻子も抱えていたにもかかわらず、またその職を捨ててしまったのです。
 そこが私の居場所ではないと感じてしまうと、生理的に耐えられなくなるのです。恵まれた状況にあるにもかかわらず、仕事を拒否するのですから、それはまさに不登校児と同じ心境だったと言えます。
 行こうとすると、微熱が出て体がそれを拒否してしまうところまでそっくりでした。どうやら、私も含めてこうした人間は、世間並みの競争にも参加できない人間なのかもしれません。
 私にとって、その原点は母の生き方にあります。私は敗戦間近のころ生まれたのですが、今で言う母子家庭ですからとても貧しい生活でした。しかし、母はその貧しさの中で、「頑張るな、人と争うな」と言い続けました。その競争嫌いは八十三歳で亡くなるまで、終生変わりませんでした。
 私自身、十五歳から三十歳近くまで続いた体験から、これからは、自分のように、競争社会に耐えられない子どもたちが増えてくるに違いないと直感しました。そこで、学校や家庭からはじき出されて、行き場と生きがいを失った子どもたちが、それを取り戻せる場を作りたいと思ったわけです。
 このような着想を得たとき、自分の進むべき道はこれしかないと思いました。今までの回り道は、まさにこれに気づくためにあったのだと思いました。子どもたちに、いつもすぐ結果ばかりを求める親御さんたちに「ゆっくり見守ってあげてください」と言えるのも、傷ついた子どもたちを励ます言葉を持っているのも、この長い体験のおかげです。人生にムダなことは何もないと言いますが、それは私の実感でもあります。
 冒頭、申し上げたように、こうした経験から得た最大のものは、私自身が子どもたちから教えられ、子どもたちと一緒に成長できたということです。
 その教訓のエッセンスとも言うべきこの言葉集から、大人も子どもも、自分の人生を考える何らかのヒントを得ていただけたら、これ以上の幸せはありません。


第1章「順調」は地獄の始まり


壁は、その人に乗り越える能力があるからこそ、与えられる。


 たいていの人間は、自分の前に壁が立ちはだかるとそれを恨む。
 たとえばいじめに遭ったり、友だちや親と衝突して苦しむ子どもたちは、どうして自分ばかりがこんな辛い思いをしなくてはいけないのだと、わが身の不幸を恨む。クラスの連中はみんな屈託なくキャーキャー笑って、おもしろおかしく過ごしているというのに……。
 学校に行きたくなくて、行かなかったわけではない。行きたくても、朝になると体が拒否反応を起こして、頭が割れそうに痛くなる。それなのに、先生も友だちも親も、「怠け者」を見るように自分を見る。
 勉強したくても手につかなくて、いつの間にか「落ちこぼれ」のレッテルを貼られている。なんで僕だけこんな目に遭うんだと、腹立ちまぎれに壁を蹴飛ばす。しかし、そんなことで自分の前の壁は破れない。
 そんな壁に直面していたある少年は、次の言葉で伏せていた目を上げた。
 「君のぶち当たった壁は高いかもしれない。でもそれは、君にその壁を乗り越える力があるからこそ、神様が与えたんだ。能力に応じて人それぞれ壁の高さは違うんだ」
 苦しいのは、神様がそれに耐える能力があると、あなたを見込んで与えたからだ。あなたにはその試練を受けるだけのキャパシティがあることを、神様は知っている。辛いと思ったら、「自分にはそれを乗り越える力がある」というメッセージだと受け止めてぶつかっていけ。仲間には一見、何の苦労もないように見える人間もいるだろうが、彼にだって彼の能力に応じた苦難や悩みはあるのだ。
 たくさん伸びる力のある人間には、それだけたくさん試練が与えられる。これは大人も子どもも同じである。ところが今の大人、とくに親は、子どもに苦労をさせないように、させないようにと、行く手にある障害物をあらかじめ取り除いてやろうとする。「転ばぬ先の杖」を用意する。そうして子どものキャパシティを狭くして、伸びる芽をどんどん摘み取ってしまう。そのことに気づかない親が多すぎる。
 職場においても同じだ。仕事ができる人のところに集まってくる。いつも忙しく仕事に明け暮れ、重責を負う人は、有能な人と決まっている。反対に、仕事のできない人には、その能力に応じた仕事しか回ってこないものだ。


*この続きは製品版でお楽しみください。

本の情報

紙書籍初版: 2003/11/20
趣味・生活・雑誌生き方・教養自己啓発

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