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さよならから始めて

さよならから始めて


発行: ハーレクイン
シリーズ: ハーレクイン・ロマンス
価格:500pt
形式:XMDF形式⇒詳細 MEDUSA形式⇒詳細
対応端末:パソコン ソニー“Reader” スマートフォン タブレット
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著者プロフィール

 ダイアナ・ハミルトン(Diana Hamilton)
 イギリスの作家。ロマンチストで、一目で恋に落ち結ばれた夫との間に三人の子供をもうけた。就寝前の子供たちにベッドで読み聞かせるために物語を書きはじめる。ロマンス小説家としてのデビューは1987年、その後数多くの名作を世に送る。2009年5月、ファンや作家仲間に惜しまれつつ亡くなった。

解説

 ■別れを告げれば、彼は喜ぶはずだった。だが、その反応は思いもかけず……。

 ■ビアンカの恋人チェーザレは、男らしく情熱的でハンサムな大富豪。多くの女性が夢見る理想の男だ。でも、ただ一つ決定的な欠点がある――チェーザレは女性と永続的な関係を築くのはまっぴらなのだ。大金持ちで、もてる男はいつだって不実。莫大な手切れ金さえ払えば、女は文句を言わないと思っている。女性は飽きるまでのちょっとしたお楽しみの対象でしかない。その証拠にビアンカの母は、そんな男――ビアンカの父親に捨てられ、かつて破滅の道をたどってしまった。恋はしても絶対に深入りしてはいけない男。なのにビアンカは絶望的なまでにチェーザレを愛してしまった。今日こそ別れを告げなくては。私たちは終わったわ、と。

抄録

 ビアンカが予想したとおり、チェーザレは追ってきた。椅子が後ろに押されて床をこする音と、中座をわびる彼のなめらかな低い声が聞こえたとき、彼女の胃は鋭くよじれた。
 隣の広い居間に入ると、ビアンカは薄いイヴニングバッグから携帯電話を出して、震える指でいつも使う小型タクシーの会社の番号を押した。電話が終わるころには、呼吸は速く、あえぐように浅くなっていた。チェーザレはもう真横にいる。「何か不都合があるのかい? 今夜は一緒に過ごすことになっていたじゃないか。行かないでくれ。君に会うのを三週間待ちこがれていたんだから」
 両肩を押さえられて、ビアンカの体はこわばった。チェーザレの低いセクシーな声は彼女の胸をせつない渇望でいっぱいにした。彼の指の圧力は黄褐色のシルクを通して肩を焦がし、その腕の中で向き直りたい衝動を駆りたてる。形のよい誇らしげな頭の後ろに手を回し、漆黒の豊かな髪の中で指をからませて、彼の情熱的なキスにおぼれたい気持ちにさせる。
 恐ろしい誘惑と闘いながら、ビアンカはチェーザレから離れて距離をあけた。あふれそうな涙をまばたきで押し返す。彼は不都合なことがあるのかと尋ねた。何もかもが不都合だ。束縛のない気楽な関係ははるかに深刻で危険なものに変わり始めている。少なくとも私にとっては。
 ビアンカの心理状態は彼しだいで左右されるようになっていた。チェーザレがやむをえない事情でデートをキャンセルすると、彼女は理不尽に腹を立てたり傷ついたりした。チェーザレが外国にいるときは、恋しさで全身をうずかせながら、彼がロンドンに戻ることを知らせてくるのではないかと、いつも電話の音に耳を澄ましていた。
 不都合なのは、あなたを深く愛してしまったことよ。それが彼の質問に対する答えだ。
 でもそう告げることはできない。絶対に!
 私たちの“申しあわせ”に、愛はふくまれていない。
 チェーザレは長い脚を一歩踏み出しただけでビアンカの前にいた。じゃこうに似た、少し刺激性のある香りが彼女を包み、言わねばならないと思っていた言葉をのどの奥に押し返した。
「帰らないでくれ」チェーザレは穏やかに言った。「君が必要なんだ。仕事か何かにさしつかえるのなら、僕が片をつけるから」彼はわずかな、しかし逃れることを許さない力を指先にこめてビアンカのあごを持ちあげ、自分の目を見させた。黒く濃いまつげに囲まれた灰色の目は、高く隆起した頬骨の上で不可解な表情を浮かべている。冷たい感じのする細い鼻に不つりあいな、荒々しい情熱を漂わせた美しい唇。あまりにハンサムな顔に、彼女の心はうずいた。
 しがない庶民がおろおろするような難問を、自分は苦もなく解決できる、とチェーザレが決めてかかっていることで、ビアンカののどはヒステリーじみた反応でつまった。これは財産や社会的地位に関することではない。彼の男らしさや強烈な個性にかかわりのあることだ。
「だめなの」ビアンカはしびれて自分のものでないように感じる唇で、なんとか答えた。
「どうして? 決まっていたことのはずだよ」チェーザレは長い指で彼女のあごをそっと締めつけて、頭をほんの少し下げた。キスで分別を奪う準備だろうか。
 そんな危険は冒したくない。ビアンカはぐいと顔をそむけて息を吸いこんだ。初めはここにいるつもりだった。炎に引き寄せられる蛾のように、彼の存在に引き寄せられて。けれど、ようやく危険をはっきりと察知した触角のおかげで、手遅れにならないうちに救われた。
 ビアンカはやわらかいキッド革のバッグに指を食いこませながら、ひとたび口に出せば決定的な別れになる言葉を、内心でまとめた。
 彼は私の言うことを受け入れるだろう。残念がる言葉をひとつ二つお義理に述べて。考え直してほしいと頼むほどプライドのない人ではない。この言葉が口を出た瞬間に私たちの仲は終わる。あと戻りの道はない。
 ぐっと息を吸って胸を張り、乾いて硬直しているような舌の先を唇にさっと走らせる。「私たちは終わりよ、チェーザレ。もう会わないわ」
 とうとう言ったわ。味もそっけもない言葉はある程度の自尊心を残してくれる。私の心臓をいつまでも残る傷から救ってくれる。こう言うには精いっぱいの決意が必要だった。心の奥から引きだされたように感じられる言葉は、ビアンカの張りつめた神経よりも強く緊張した雰囲気の中で、石ころが落ちたように響いた。
 緊張は、今は彼から来ていた。かすかにこわばった頑丈なあごの線、謎めいた目の奥に一瞬浮かんだ動揺、高く上げた黒髪の頭、その姿勢がばねのような力を秘めた一メートル八十センチ以上ある体を際だたせる。ビアンカは反射的に身震いした。
 チェーザレは自分を二つに引き裂きそうな激情の高まりに耐えようと歯を食いしばった。ビアンカを抱きしめて別れの言葉を撤回させるまで、愛らしい唇にキスしたかった。だが意志の力を振りしぼってその衝動を抑えた。


 *この続きは製品版でお楽しみください。

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