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プロジェクトX 挑戦者たち 壁を崩せ 不屈の闘志 金閣再建 黄金天井に挑む

プロジェクトX 挑戦者たち 壁を崩せ 不屈の闘志 金閣再建 黄金天井に挑む


発行: 日本放送出版協会
シリーズ: プロジェクトX 挑戦者たち
価格:100pt
形式:XMDF形式⇒詳細 
対応端末:パソコン ソニー“Reader”
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解説

 世界各国の要人が来日の度、絶賛する建物がある。「金閣」。
「究極の頂き」と呼ばれる三階の天井には、3千枚の金箔が歪みなく敷き詰められている。二階には、極楽浄土の世界を描いた天井画。その真下に広がる総漆塗りの床に反射し、極限の美を見せる。しかし、この金閣は、52年前に一度、放火で全焼している。そこから再建を成し遂げたのは、全国の職人たちの30年に及ぶ意地と執念だった。
 昭和30年、京都では、消失した金閣の再建が進んでいた。全国から選りすぐられた、漆職人、金箔職人などが腕を振るった。しかし、資金不足や手がかりの少なさから、二階天井画は、再現できなかった。戦前から金閣を守り続けた住職、村上は、いつの日か完全な再建を目指したが、十年、二十年と経つうちに、風雨にさらされた金閣から金箔は剥がれ落ち、漆も破壊されていった。建物自体が腐る可能性もでてきた。そして、三十年が経った昭和60年、村上も癌に侵され、床に伏せた。
 「金閣を甦らせたい」病と闘う村上の願いに応えたのは、当時、文化財修復の世界で名をあげていた矢口一夫(やぐち・かずお)を中心とする職人たちだった。矢口は調査と研究を重ね、京都の厳しい自然から金閣を守る材料をそろえた。通常の5倍の厚さの金箔「5倍箔」。金箔の下で建物を守る、粘り強い純国産の漆、1.4トン。
 昭和61年2月、準備も整い、1年8ヶ月に及ぶ工事がスタートした。しかし、再建は、困難を極めた。謎の歪みが出る金箔。さらに天井画の修復を手がける画家を襲う死の病。そして、完成間近を迎えたその時、最大の壁が立ちはだかった。
 果たして、黄金の寺は輝きを取り戻すのか。金閣再建に挑んだ職人たち、執念の30年戦争を描く。

目次

一 黄金の金閣
二 金閣全焼の衝撃
三 真の再建をめざして
四 黄金の輝き、再び

抄録

一 黄金の金閣


息をのむ輝き


 平成一四(二〇〇二)年秋。その日、京都の通りは、やや遅れ気味の紅葉に彩られていた。その中を、われわれ取材スタッフはある仏閣をめざして、一歩一歩、歩みを進めていた。
 鹿苑寺(ろくおんじ)金閣。応永四(一三九七)年、室町幕府三代将軍・足利義満が建立(こんりゅう)して以来六〇〇年、日本が世界に誇ってきた宝である。
 このときまで、われわれの金閣に対するイメージは最悪だった。われわれの中に、およそ二〇年前、修学旅行で金閣を訪れた者がいたのだが、壁の金箔は剥がれ落ち、ひどい姿だった、というのである。しかし、金閣は、その後創建(そうこん)当時の姿に再建され、いまや京都一の観光名所として賑わっているのだという。かつての姿を知る者はしきりに、「信じられない」と首を振った。
 車が行き交う国道から、幅広い白い砂利道を一〇〇メートルほど進むと、目の前に高さ四メートルはあるだろうか、巨大な門が現れる。そこが鹿苑寺金閣の入り口だった。ところどころがくすんだその威風堂々たるたたずまいは、この仏閣が経てきた歴史を感じさせる。
「お願いします」
 大声で叫んだ。すると、軋んだ音を立てて、門がゆっくりと開いた。中から若い僧侶がこちらを凝視している。時間は午前七時。外部から訪れてくる者などほとんどいない。われわれは、一般参観前に限ってという条件で、取材の許可をもらっていた。
「どうぞ」
 僧侶は落ち着いた様子で言うと、われわれを中に迎え入れた。門をくぐり、僧侶とともに白い砂利道を進む。道の脇には背の高い樹木が植えられ、壁のように連なっている。その向こうはまったく見ることができない。ただひたすら歩を進めた。すると突然、スタッフが声を上げた。
「見てください」
 樹木の上に、金色に輝く鳳凰がかすかに見えた。瞬く間にその姿は大きくなり、そして、眼前をふさいでいた樹木の壁が途切れた瞬間、われわれは息をのんだ。
 黄金の建物が輝きを放っていた。金閣だった。
 建物の内部、外部、合わせて二〇万枚の金箔が貼られた黄金の建物、金閣。その姿は、前面に広がる鏡湖池(きょうこち)に映り込み、それがかすかに揺れるさまは、異様な美しさだった。
「全然、違うじゃないか」
 ついさっきまで、さんざん、「金閣なんて、いまさら何で行くのか」と悪態をついていたスタッフがそうつぶやいた。みな、うなずくしかなかった。しかし、こんなことは、まだまだ序の口だった。促されて、建物の中に入ったわれわれは、再び腰を抜かしそうになる。
 金閣は三層から成り立っている。
 一層は、釈迦如来像と足利義満像が池に面して設置された「寝殿造り」の『法水院(ほっすいいん)』と呼ばれる部屋である。
 二層は「武家造り」で『潮音洞(ちょうおんどう)』と呼ばれる。床には一面漆が塗り込められ、しかもその漆がピカピカに磨き上げられていた。岩屋観音坐像や四天王像を滑らかに映し出しているそのさまは、一瞬、どこから床なのかわからなくなるほどだった。天井に、天女や鳳凰、龍が舞う様子を描いた見事な仏画が描かれており、その姿もまた、床の漆に映り込んでいる。まさに「天地混然、錯視の世界」の連続である。
 そして三層は「禅宗仏殿造り」の『究竟頂(くっきょうちょう)』。仏教用語で「究極の頂」を意味するその部屋は、普段は一般に公開されておらず、僧侶たちが沈思黙考する神聖な場所である。しかしわれわれは、一歩足を踏み入れた瞬間に目がくらんだ。
 天井に、金箔三〇〇〇枚が貼られていたのである。一枚一枚の境目がわからないほど、一分の隙もない“貼り”だった。しかも、その輝きが漆塗りの床で反射しているため、部屋全体が光り輝くように見える。「究極の頂」の名に恥じないさまだった。
「先の住職は、ここから眺める景色がいちばん好きだと言っていました」
 それまでほとんど口を開かなかった僧侶が静かに言った。


住職の願い


 床の上に腰を下ろして外を眺めると、目の前に絶景が広がった。金閣をぐるりと取り囲むようにつくられた回廊の向こう側に、幾本もの楓が色づいている。そこに晩秋のやわらかい陽光がかかり、何ともいえぬ陰影をつくり出す。一幅の屏風絵のようなその景色に目を奪われながら、金閣を愛してやまなかったその住職のことを思った。
 村上慈海(じかい)。その名は、皮肉にもある悲惨な事件をきっかけに、全国に知られることになった。
 在職中の昭和二五(一九五〇)年、弟子の放火によって、金閣を全焼させてしまったのである。五年後に再建されたものの、じきに壁から金箔がボロボロと剥がれ落ちて、漆が剥き出しになってしまった。「黒閣」と、観光客にまでばかにされ、「創建時の美しさは二度と取り戻せない」と噂される始末だった。このときの村上の苦悩がいかばかりだったか。想像に余りある。
 そんな村上と金閣に助けの手を差し伸べたのが、名うての表具師が率いる六〇人の職人たちだった。彼らは、「創建当時の技術で、創建当時の姿をよみがえらせる」を合い言葉に、金閣の修復作業に挑んだ。その闘いの日々は、全国の職人たちの間にいまも語り継がれる壮絶なものとなった。


二 金閣全焼の衝撃


希望の象徴


 物語は、敗戦まもない昭和二五(一九五〇)年にさかのぼる。
 このころ、日本はまだアメリカの占領下にあった。朝鮮戦争による特需で好況に沸くのは数年後のことである。国民の多くは、闇市通いで貧しく、明日を考える余裕すらなかった。
 そんなすさんだ心を抱えた人々が、救いを求めて訪れる街があった。
 京都――。空襲を逃れた街には、多くの文化財、寺院が戦前のままに残されていた。人々はこの街を訪れ、神仏にすがり、暮らし向きがよくなることを願った。そのために、どの寺院も開闢(かいびゃく)以来という賑わいを見せていた。
 なかでもひときわ人気を集める仏閣があった。


*この続きは製品版でお楽しみください。

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