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プロジェクトX 挑戦者たち 壁を崩せ 不屈の闘志 衝撃のペルー 男たちは生き抜いた

プロジェクトX 挑戦者たち 壁を崩せ 不屈の闘志 衝撃のペルー 男たちは生き抜いた


発行: 日本放送出版協会
シリーズ: プロジェクトX 挑戦者たち
価格:100pt
形式:XMDF形式⇒詳細 
対応端末:パソコン ソニー“Reader”
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解説

 平成8年12月17日、世界を震撼させる大事件が南米・ペルーで起きた。日本大使公邸人質事件である。
襲撃したのは、MRTA・ツパクアマル革命運動と名乗る武装グループ。天皇誕生日の祝賀パーティーに招かれていた招待客600人余りを人質に取り、刑務所に収監されている仲間の釈放をペルー政府に要求した。最後まで人質に残されていたのは72名、その中に「13人の日本人サラリーマン」がいた。平均年齢は53歳。南米各地で働いてきた企業戦士たちだった。
 人質たちは、およそ十畳一間の空間に閉じ込められ、建物の各所に爆弾が仕掛けられた。トイレは、人質達が身元を隠そうと捨てた身分証で詰まり、悪臭を放った。皆、蒸し風呂と化した部屋の中で、靴を枕に眠った。ペルー政府と武装グループの交渉は難航し、監禁生活は長期化。人質たちは、身体に変調をきたし、危機が迫った。
 その時、人質たちの健康を守るため、立ち上がった特命チームがあった。日本赤十字の医師と看護士たち、総勢6名、中立の立場を掲げ、防弾チョッキも付けずに銃口にらみ合う公邸へと向かった。医師の鈴木隆雄(当時46歳)は、懸命に人質達を治療し、励まし続けた。
 そして事件発生から127日目、ペルー政府が強行突入した。激しい銃撃戦が繰り広げられ、人質達がいた部屋は、紅い炎で包まれた。絶体絶命の人質達、その運命は…。

目次

一 世界を震撼させたテロ事件勃発
二 死と隣り合わせ――一二七日間の人質生活
三 突入
四 戦友となった企業戦士たち

抄録

一 世界を震撼させたテロ事件勃発


襲われた南米駐在の日本人サラリーマン


 南米ペルー。その首都リマの高級住宅街、サン・イシドロ地区の一角に、ぽっかりと空いた土地がある。
 広さ約二〇〇〇坪。いまから七年前の平成八(一九九六)年一二月一七日、ここで世界を震撼させる大事件が起きた。「日本大使公邸人質事件」である。
 襲撃したのは、武装グループ『MRTA(ツパク・アマル革命運動)』。ペルー政府、外国系企業に対して誘拐、殺人、爆弾テロを繰り返してきた反体制組織だった。
 日本大使公邸を占拠した武装グループのリーダー、ネストル・セルパは、ペルー政府に対して宣告した。
「ペルー政府が、われわれの要求をのまなければ、人質全員を処刑する」
 人質の中に一三人の日本人サラリーマンがいた。平均年齢五三歳。長年、南米各地を回り、働いてきた企業戦士たちだった。
 ペルー政府と武装グループの交渉は難航した。
 銃口を突きつけられた人質たちは、ゴミがあふれ、悪臭を放つ部屋の中で、靴を枕に眠った。
 監禁生活は、一二七日間に及んだ。男たちは、次々と体に変調を来した。
「ここが死に場所かなと……。生きて外に出られる確率は低い」――幾度となく、死を覚悟した商社マンがいた。
 そのとき人質を救援するため、緊急招集された一つのチームがあった。
『日本赤十字社(日赤)』の医師と看護師たちだった。「中立と公平」を掲げ、防弾チョッキも着けず、銃弾が飛び交う公邸へと向かった。水と食糧を運び、衰弱した人質を治療した。
 夫を人質にとられた妻たちも駆けつけた。無事の帰還を信じ、人質となった夫を励ましつづけたラブレター『赤十字通信』は、三〇〇〇通に及んだ。
 しかし、運命の日は刻々と迫っていた。
 ついに、ペルー軍が強行突入。
 激しい銃撃戦が繰り広げられ、武装グループの仕掛けた爆弾が次々と爆発。人質たちが監禁されていた公邸二階の部屋が、赤い炎に包まれた。
 これは、日本人が遭遇した最悪のテロ事件に立ち向かい、一二七日間にわたって耐え抜いた男たちと、その身一つでテロリストから人質の命を守りつづけた赤十字チームの、愛と勇気の物語である。


震災の傷癒えぬ街で夫の帰国を待つ妻


 平成八(一九九六)年一二月一七日。兵庫県西宮市の瀬戸内海を臨む閑静な住宅街で、年の瀬が迫るなか引っ越しに追われる一人の主婦がいた。滝哲代(たきてつよ)、五九歳。格別の思いだった。
 前年の一月一七日、阪神淡路大震災で家が半壊。やっと改修工事が終わり、避難先でのアパート暮らしからほぼ二年ぶりにわが家に戻れる――心躍らせていた。
 夫の滋(しげる)は、『松下電器』の営業マン。定年まであと一年というなか、南米のペルーに単身赴任していた。
 帰国は、一〇日後の予定だった。夫から、《正月は、ゆっくり日本で過ごしたい。新しい家を見るのを楽しみにしている》と書かれたクリスマスカードが届いていた。
「待ちに待ちましたですね。主人は、年末にペルーからここへ帰ってきて『何しろ炬燵(こたつ)の中で一杯飲みたい』と。酒の肴は、七輪で焼いて……、そんなことを思って、七輪を買ってあったんです。もう、いまかいまかと楽しみにしていました」
 引っ越しが一段落した、午後一時過ぎのことだった。
「リリリリーン」
 突然、電話が鳴り響いた。近所の主婦からだった。
「滝さん、大変よ。早くテレビをつけて、早く!」
 哲代は、訳もわからず慌てて、まだアンテナ接続が完了していないテレビのスイッチを入れた。
 映像は乱れていたが、とんでもないニュースの音声が流れてきた。
「ペルーの首都リマにある日本大使公邸に武装グループが逃げ込み、人質をとって立てこもったもようです」
 哲代は、青ざめた。
「もうドキンとしました。主人は絶対に日本大使公邸の中にいると思ったんですね。もう真っ白になってしまって」


襲撃、そして監禁


 南半球に位置するペルーの首都リマ。街はライトアップされ、真夏のクリスマスシーズンで賑わっていた。
 この日、日本大使公邸で、「国祭日のレセプション」である「天皇誕生日の祝賀パーティー」が開かれていた。ペルー政府の閣僚、世界各国の大使ら八〇〇人余りが招待されていた。
 国祭日のレセプションとは、年に一回、大使館が主催する特別なパーティーのことで、各国の在外大使館にとって最も重要な外交行事の一つとされている。アメリカなら「独立記念日」、イギリスなら「エリザベス女王の誕生日」というように、各国ごとに国祭日が決められている。
 哲代の夫、滝滋は、現地で働く日本企業の社員三五人とパーティーに参加していた。
 公邸の中庭に設けられた会場には、パーティー料理がずらりと並び、盛況を博していた。滝は、ウイスキーグラスを片手に、取引先の企業関係者と挨拶を交わしていた。
 宴もたけなわの夜八時二〇分を回ったときだった。
「ドッカーン」
 突然、公邸裏側からの爆発音が耳をつんざいた。


*この続きは製品版でお楽しみください。

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