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和書>小説・ノンフィクションハーレクインMIRA文庫

聖母の微笑み

聖母の微笑み


発行: ハーレクイン
レーベル: MIRA文庫mirabooks
価格:600pt
形式:XMDF形式⇒詳細 MEDUSA形式⇒詳細
対応端末:パソコン ソニー“Reader” スマートフォン タブレット
みんなの評価 ★★★★☆2
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解説

 ニューヨークのリトル・ロシアと言われる町で一人の老人が殺害された。彼は三十年前に事故死したとされる旧ソ連の遺伝子研究の第一人者だった。捜査官ジャックは老人が生前に暮らしたモンタナ州山あいのホテルに潜入する。そして息をのむほど美しい女性の肖像画に出会い、心を奪われる。三十年前に死亡したはずの彼女は、その夜とつぜん姿を現した。美しい瞳に悲しみをたたえて……。D・マコールが生命の神秘を描く、珠玉のロマンティック・サスペンス。

抄録

 イザベラを腕に抱いていると意識したとき、ジャックのなかで時間がとまった。分厚いセーターを着ていても、ちょっと力を入れたら壊れてしまいそうなはかなさが伝わってくる。胸の近くに引き寄せると、絹のような髪が手の甲をかすった。イザベラがため息をつき、そして小さく身震いした。彼女がいつ倒れても支えられるようにジャックは無意識のうちに身構えたが、イザベラは崩れ落ちずに持ちこたえた。
 セーターにしがみつくイザベラの乳房が彼の厚い胸に押しつけられた。深く息を吸って、そしてとめるのがわかる。彼女が息を吐きだすまで、ジャックも知らず知らずのうちに呼吸をとめていた。ようやくイザベラが息を吐いたとき、それに合わせてふうっと息を吐きだした。首を傾けて、彼女の頭に頬を寄せる。
「気の毒に」小さくつぶやいた。
 耳を近づけないと聞き取れないほどかぼそい声で、イザベラはつぶやいた。
「もう何もかもおしまいよ」
 相手にはこちらの表情が見えないのをいいことに、ジャックは首筋に手をすべらせて、髪の生え際とセーターのあいだの肌をそっともんだ。イザベラはまだ知らないが、すでに事態は取り返しのつかないところまできているのだ。問題は、ジャックの捜査が終了した時点で彼女が人生をやり直せるかどうかだ。
「そんなことはない」口ではそう言っていた。「物事は変化する。それだけのことだ」
 イザベラが息をつめ、それからゆっくりと顔を上げた。
「変化するだけ? ずいぶん控えめな言い方をするのね」
 額にかかった髪をかきあげてやりたいという衝動をこらえて、ジャックはかぐわしい香水の香りを吸いこんだ。
「変化しないものなどないんだよ、イザベラ。われわれ人間はこの世に生を受け、一生を過ごして、そして死ぬ。考えてみれば、これほど苛酷な体験もないかもしれない。居心地がよくて安全な母親の胎内から、なんの予告もなく、とつぜんこの世に押しやられるんだからね。そのあとはさまざまな浮き沈みを体験しながら毎日をなんとか生き抜き、ようやく生き方のこつがつかめたと思ったころには人生の終末に近づいていて、来し方を振り返りながら、いったい時間はどこへ消えてしまったのかと嘆くことになる。それが人生だ。だから、死ぬときに後悔しなくてすむように、生きているあいだに全力投球すべきだというのがぼくの信念なんだ」
 イザベラは彼の顔を見つめた。月明かりが投げかけるやわらかい陰影をまぶたに焼きつけ、その声にこめられたやさしさと共感を耳にとどめる。しばらくして口を開いた。
「あなたの年を教えて」
 意外な問いかけだったが、ジャックはためらわずに答えた。
「三十八歳」
 イザベラは考え深げにうなずいて、彼の答えをおうむ返しにくり返した。「三十八歳。なのに、うちの父の世代の人みたいな達観した口ぶりね」そして、笑みを浮かべる。「これだけは言えるわ。父はあなたを気に入ったと思う。とても気に入ったと思う」
 言うべき言葉をジャックが何も思いつかずにいるうちに、イザベラが爪先立って唇にすばやくキスをした。
「どうもありがとう。何もかも」
 それだけ言うと、ジャックの唇にキスの味を強烈に残したまま、月明かりのなかに彼を置いて歩み去った。この瞬間を終わらせたくなくて、ジャックは彼女を呼び戻そうとした。だが、振り向いたとき、イザベラの姿はすでになかった。テラスの手すりに寄りかかって肩を落とす。しだいに深みにはまっていくのが自分でも手に取るようにわかった。問題は、彼女の幸せと自分の任務のどちらを優先すべきか心が定まらないことだ。
 満たされない思いで最後にもう一度周囲に目をやった。敷地の端にある建物からかすかな明かりがもれているのを無意識のうちに心にとどめ、少しのあいだ見つめていたが、心配のしすぎだと思い直して視線を戻した。テラスから庭園へおり立ち、闇のなかへ歩いていく。犯人が被害者の航空券を使ってすでにこの町に到着している可能性を考えると、油断は禁物だ。用心のためにホテルの周囲を見まわっておくことにした。今の自分にできるのはせいぜいこれぐらいだ。フランク・ウォルトン殺害の動機が明らかになれば、捜査の方向が見えてくるのだが……。現在のところ、被害者が別の人間になりすましていたという事実以外、何も手がかりはなかった。
 アボット館の安全を確信したジャックは、しばらくして自分の部屋へ引きあげた。電子メールで届いているはずの情報を受け取り、この日ブレードンの町の人たちから収集した情報をもう一度見直すのだ。考えてみたらやるべきことは山積している。一刻も無駄にしてはいられない。

 *この続きは製品版でお楽しみください。

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