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風の谷の約束

風の谷の約束


発行: ハーレクイン
レーベル: MIRA文庫mirabooks
価格:700pt
形式:XMDF形式⇒詳細 MEDUSA形式⇒詳細
対応端末:パソコン ソニー“Reader” スマートフォン タブレット
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解説

 有能な看護師としてキャリアを積んできたエラが、つかのまの休息地として選んだ場所はサウスカロライナの美しい田舎町だった。水と緑に囲まれた小さな家で、新たな雇い主となるハリス・ヘンダーソンは幼い娘を看病しながら野鳥の保護に明け暮れている。彼は鳥たちの傷ばかりでなく、娘の心も顧みるべきだー父娘の問題を即座に見抜くエラだったが、近い将来を予見することはできなかった。この父娘との出会いを境に、大きく変わりゆく自らの運命を。

抄録

 ハリスは一方の足から反対の足へ体重を移し、顔に困惑の笑みを浮かべた。「そりゃまあ、ときどきはそうしているかもしれない。今朝のあの子の血糖値は?」
「高かったですね」そう答えたエラの顔から笑みが消えて深刻な表情になった。「今朝マリオンを起こしたとき、彼女の血糖値はとんでもないことになっていました。測定したあと、すぐにインスリン注射をしました。ご存じのように簡単ではありませんでした。ミスター・ヘンダーソン、率直に申しあげてとても心配です。あの子の血糖値を正常に保たなければならないのに、それを邪魔するものが至るところにあるんですもの」
「それは、その……正常に保つのはなかなか難しくてね」
「わかります。それにわたしが来たことで生活が変わり、ストレスが増えましたから。でも、悪いことはすぐに変えませんと。まず規則正しい生活にすることから始めましょう。今後は夜遅くまで起きているのは禁止です。糖尿病の子供にいいはずがありません。それと、あの子が癇癪を起こしたからって、引きさがらないこと。いくらいやがろうと定期的に測定をします。それから今後は家のなかに甘いものを置くのは厳禁です。それでは、事故が起こるのを待っているようなものですよ」
「わかってる、ぼくが悪かったんだ。病気の兆候を見逃し、今だってあの子の世話すらできないときた。ぼくの責任だ、そうだろう? まだなにか言ってほしいかい?」
「まあ、とんでもない、ミスター・ヘンダーソン! お願いです。あなたを責めてなんかいません! あなたが悪かったなどと、これっぽっちも思っていません」
 ハリスにはエラの言葉が信じられなかった。
「まったくその逆です。あなたはひとりでとても見事にやってこられた。糖尿病は処置が難しい病気です。学ぶことや、すべきことがいっぱいあります、とくに病気の初期においては。あなたはマリオンの命を救ったし、それよりなにより、彼女の世話をさせるためにわたしを雇ったじゃありませんか。病気の兆候を見逃したことについては……誰もあなたを責めることはできません。子供が緊急救命室へ運びこまれたとき、どのくらい多くの親があなたと同じことを口にしたでしょう。どういうわけか親たちは自分に非があると考えてしまうんですね。子供によくない食事をさせてしまったと。だけど実際は、親が気をつけなかったから子供が糖尿病になったなんてことはないんです。だから、自分は親として失格だなどと考えてはいけません」
 ハリスはなにも言わなかった。なにも言えなかった。
「あの子の血糖値を管理するのは毎日の――いえ、毎時間の闘いです。わたしは看護師です。この病気について勉強し、何度も処置をしてきました。正直に言いましょうか? あなたとマリオンの期待をわたしが裏切ることになるのではないかと、そのほうが心配なんです」エラはほつれ毛を耳の後ろへなでつけて深く息を吸った。「ときどき偉そうに聞こえることがあるかもしれませんけど、許してください。そう思うのは、なにもあなたが最初じゃありません。それが……それが問題を処理するときのわたしのやり方なんです。正面からぶつかっていくのが。だけど実際のところ、この闘いでは、わたしたちはどちらもひとりじゃありません。ふたりで力を合わせてやっていかないと」
 まるで氷河が海へなだれ落ちるように、ハリスは肩の重荷がとり除かれるのを感じた。急に彼の目に、ミス・エラ・エリザベス・メイジャーズがそれまでと違って見えた。彼女はハリスを非難しているのではなく、助けになろうとしているのだ。彼を親として失格だなどと責めてはいない。むしろ彼女は、自分が失敗するのではないかと心配している。
 それを聞いたことがハリスにとって、彼自身が抱いている心配を客観的に見つめるのに役立った。あの哀れなピーディーと違って、ハリスは断崖絶壁の枝にたったひとりでとまっているのではない。この闘いにおいて、ハリスとエラは協力者なのだ。再びエラに視線をやったハリスは、心配そうに彼を見るエラの鋭い顔の線が和らいだような気がした。
「ふたり力を合わせてやっていく……その考えが気に入ったよ」ハリスは言った。
「わたしもです」
「それでだね」ハリスはたった今ふたりの関係が壁を越えたのを感じた。「手はじめに、これからはぼくをミスター・ヘンダーソンと呼ぶのはやめて、みんなと同じようにハリスと呼んでもらおうか」
「わかりました、ハリス。じゃあわたしのことは、ただエラと呼んでください」
「わかった、ただのエラだね」
 彼のちょっとしたユーモアで、エラの頬が赤くなり、茶色の目が生気を帯びたのにハリスは気づいた。なんだかいちゃつきあってるような感じがした。
 エラもそれを感じたとみえ、両手をかたく握りしめて急いで言った。
「ゆうべ、マリオンは就寝前に食べすぎたんじゃないでしょうか。そうでなければ夜のあいだに血糖値がさがっていていいはずです。今すぐどうこうは言えませんけど。状態を安定させるために、ピーナッツバターとジャムのサンドイッチを与えました。あのおてんばさんは、わたしが見ていないと思ったときだけ食べていました」エラはそのときのことを思いだして悲しそうにほほえんだ。「残念ながら、今のところわたしは、あの子の好きな人間のリストで最下位に位置しているようです」
 上の叫び声が小さくなった。エラはしばらく上を見あげて聞き耳を立てていた。やがて家のなかを心地よい静寂が支配した。エラはハリスを見やって笑みを交わした。
「コーヒーをもっといかが?」彼女は明るい声できいた。


*この続きは製品版でお楽しみください。

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