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消せない夜の記憶【ハーレクイン・セレクト版】

消せない夜の記憶【ハーレクイン・セレクト版】


発行: ハーレクイン
シリーズ: ハーレクイン・セレクト
価格:500pt
形式:XMDF形式⇒詳細 MEDUSA形式⇒詳細
対応端末:パソコン ソニー“Reader” スマートフォン タブレット
みんなの評価 ★★★☆☆1
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著者プロフィール

 ジュリア・ジェイムズ(Julia James)
 十代のころに初めてミルズ・アンド・ブーンのロマンスを読み、それ以来の大ファン。ロマンスの舞台として理想的な地中海地方、そしてイギリスの田園が大好きで、とくに歴史ある城やコテージに惹かれるという。趣味はウォーキング、ガーデニング、刺繍、お菓子作りなど。現在は家族とイギリスに在住。

解説

ジャイルズ・ホークウッドは、商談を有利にするためなら、娘のイブにも売春まがいの行為を強要する非道な男だった。だがあるとき、ジャイルズの会社を買収しようとする人物が現れる。巨万の富を持つ若き実業家、アレクセイ・コンスタンティンだ。形勢不利と見たジャイルズは、コートダジュールでの商談にいやがる娘をホステスとして伴い、アレクセイを呼び出した。イブとアレクセイはひと目で激しく惹かれ合うが、美しく清楚な彼女が、実はジャイルズの娘だと知ったとたん、彼はまるで汚らわしいものに触れたかのように冷たく言い捨てた。「きみは父親の仕事のためなら、誰とでも寝るそうだな」

■初めて惹かれた男性から、いわれのない蔑みを受けるヒロイン。アレクセイは、イブが本当にふしだらな女なのかを試すため、彼女を罠にかけますが……。“どん底ヒロインの下克上ロマンスといえばジュリア・ジェイムズ!”といわしめる名作です。

*本書は、ハーレクイン・ロマンスから既に配信されている作品のハーレクイン・セレクト版となります。 ご購入の際は十分ご注意ください。

抄録

 彼はもう一歩、イブに歩み寄った。
「ぼくから逃げる必要はない」
 イブは彼を見つめた。月明かりが彼の目をきらめかせている。
 彼は何かつぶやいた。イブには理解できない言葉だった。フランス語でも、英語でもない。二、三の単語だけでは、何語か判断できなかった。彼は再び話しかけたが、今度は英語だった。
「きみは誰だい?」
 イブの顔に微妙な表情が浮かんだ。彼女は唇を開いたが、何も言わなかった。言いたくない。自分の身元を彼に明かしたくなかった。この男性が父を知っているとは限らない。世の中にお金持ちは大勢いるけれど、誰もがみなお互いを知っているわけではないのだから。イブはまったく別の人間になりたかった。別の人間になって、この男性の目を見つめたい。
「なぜわたしがイギリス人だと思うの?」彼女はフランス語で尋ね返した。
「違うのか?」相変わらず英語で、彼は優しくからかった。
 奇妙なつかみどころのない訛が、イブの頭の中で響いた。彼女は小さく肩をすくめた。
「あなたもフランス人じゃないわね」イブはまたフランス語で言った。
「ああ」彼は同意したが、それ以上何も言わなかった。
 イブにはその理由がわかった。彼もまたこの瞬間は、国籍や人種や身分や地位というものにしばられたくないのだ。わたしと同じように、ありのままの自分でいたいのだ。
 海からの風が松の枝を優しく揺らしている。きれいな月明かりの夜だ。大金が動くカジノや三ツ星レストラン、巨大なクルーザーが停泊するマリーナや高級車が並ぶ駐車場などの、ホテルの豪華さとは無縁の別世界だ。
 イブの父とも無縁の別世界。父の長い邪悪な影もここまでは届かない。
 愚かな考えなのはわかっている。わたしは決して自分以外の人間にはなれないのだから。そしてこの男性もまた。もしかしたら裏ではあくどいことをしているかもしれないが、彼は間違いなく世界でも有数のお金持ちだ。イブは過去の経験と知識からそう感じていた。
 でもつかの間のこの時間だけは、二人とも現実の自分から自由でいたい。
「なぜわたしを追ってここに?」イブはまたフランス語で尋ねた。理由は自分でもわからない。
 彼はほほ笑んだ。満面の笑みだ。口元から白い歯がこぼれる。
「そんなことをきくフランス人女性はいない」そのからかいには意地悪さより、むしろ共犯者めいた雰囲気があった。
 イブはしぶしぶほほ笑み、自分の失敗を認めた。
「それに、きみほどの美人がそんなことを尋ねる必要はない」
 一瞬、彼はじっとイブを見つめた。そのとき、むきだしの腕に風が吹きつけ、彼女はかすかに体を震わせた。
 彼はすぐそばに来て、タキシードのジャケットを脱ぎ、イブの肩にはおらせた。シルクの裏地にはまだ彼のぬくもりが残っている。その親しげな動作に、イブの喉は締めつけられ、再び鼓動が速くなった。
 彼はイブの横に立ち、両手をまだ彼女の肩に置いている。イブは彼を見上げた。
「ありがとう」彼女の声は低く、息は切れていた。
 彼の顔がすぐそばにある。あまりにもそばに。周囲の世界が消え、彼の目しか見えなくなった。イブに注がれる彼の底知れない瞳に、月明かりが反射している。イブは自分の手が上がり、彼の顎にそっと触れるのを感じた。彼の顎がこわばり、目の光が強さを増す。彼女は強烈な男性の香りを吸いこんだ。
 イブは手を離した。口の中はからからになっている。わたしはいま何をしたの? 見知らぬ人にこんなふうに触れてしまうなんて! イブは彼に背を向け、再び手すりをつかんだ。
「ごめんなさい!」謝罪が口から飛び出す。イブはうなだれ、唇を噛んだ。
「どうして謝る?」
 彼の独特の訛が聞こえた。イブの背中が震え、体じゅうの血が波立つ。
 イブは上等なジャケットの上から、再び肩に両手が置かれるのを感じた。まるで彼女をこの世界につなぎとめようとするかのようだ。
「謝る必要はない」彼の声には楽しそうな響きがあったが、それ以外の何かも聞き取れる。
 彼はイブを自分の方に振り向かせた。彼の両手が肩をすべって上がり、彼女の顔をはさむ。彼は背が高く、イブを見下ろしている。彼の髪は闇の中で漆黒に見えた。
 イブは身じろぎもせず彼を見つめた。
 息もできなかった。何もできなかった。何かすれば、この瞬間が壊れてしまいそうな気がする。
 やがて彼はイブにキスをした。
 彼が頭を下げてきた瞬間、イブは彼の意図に気づいた。自分がそれを許すことも。どうして許さずにいられるだろう? 現実からかけ離れたこの幻想的な瞬間に。
 イブは目を閉じた。
 目を閉じて、彼にキスを許した。誰であるかも知らない人、これからも知ることはありそうもない人、彼女から歩き去っていくに違いない人に。こんな瞬間は二度と訪れない。
 でも、いまは訪れている。このつかの間の貴重な瞬間、これはわたしだけの時間だ。誰にも奪うことはできない。
 彼の唇の感触はベルベットのようにも、やわらかいシルクのようにも感じられた。
 やがて彼は顔を上げ、イブの顔から手を離した。
 イブは目を開け、体を震わせた。あたりに静寂が戻った。
 次の瞬間、静寂を破り、モーターボートの音が割りこんできた。ボートはホテルのはずれのマリーナから、沖に停泊するクルーザーの明かりを目指して進んでいく。
 イブの瞳が揺らめいた。現実が押し寄せてきて、世界が再び動き出した。
「もう行かなくては!」
 ジャケットを肩からはずし、彼に押しつけると、イブはドレスのスカートをつまんで駆け出した。
 舞踏会から逃げ出すシンデレラのように。
 けれど、ガラスの靴は残さずに。


 *この続きは製品版でお楽しみください。

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