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甘い生活。

甘い生活。


発行: 二見書房
レーベル: シャレード文庫
価格:800pt
形式:XMDF形式⇒詳細 MEDUSA形式⇒詳細
対応端末:パソコン ソニー“Reader” スマートフォン タブレット
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著者プロフィール

 藤原 万璃子(ふじわら まりこ)
 5月11日生まれの牡牛座。東京出身・O型。趣味は旅行、観劇、音楽鑑賞、読書、ワイン。
 シャレード文庫、パレット文庫、アズ・ノベルズ等で作品を発表。

解説

 私立探偵・桜井薫の元に現れた依頼人、三上恭一郎は美貌と知性を兼ね備えた敏腕弁護士。日本〜香港をまたにかけたスリリングでオイシイ、ラブ・アヴァンギャルド! 雑誌掲載時に好評を博した作品がついに文庫になって登場! 書き下ろしは隠れ家的温泉宿での一泊旅行。
※こちらの作品にはイラストが収録されています。
 尚、イラストは紙書籍と電子版で異なる場合がございます。ご了承ください。

目次

Sweet Bitter Sweet
Sweet Sweet Bitter
Sweet Sweet Sweet
晴れたらいいね
あとがき

抄録

 鼓動が速くなる。頬がかっと熱くなって、居ても立ってもいられなくなる。彼を抱きしめたくて、口づけしたくてたまらなくなる。
 恋心こそ自覚したけれど、薫は肝心のことにまだ気づいてはいなかった。こういうのを、世間では“惚れた弱みのあばたもえくぼ”ということを。
 とうとうこらえきれなくなって、薫はふり返った。なまめかしくも悩ましいまなざしに心臓を射抜かれた次の瞬間、待ちかまえたように体ごと引き寄せられて唇をふさがれる。
 柔らかくて、熱くて――そして、甘い唇だった。とろけるような舌が薫の口中を柔らかくくすぐり、身体と心を甘く痺れさせる。
 経験豊富というわけでは間違ってもないけれど、それでもこんなに気持ちのいいキスは初めてだと思う。皮肉で辛辣で、時として冷酷でさえある唇がこんなにも甘いものに変わるなんて、いったい誰に想像できただろう。少なくとも、彼のキス以上に気持ちのいいキスを、薫は知らない。
「……箱根に行きましょうか」
 名残惜しげに唇を離して、紅をさしたように赤く染まったそこで、惜しむように熱く吐息しながら恭一郎は言った。
「箱根湯本に、ちょっと融通のきく旅館があるんです。先代の別荘を利用したという、木造の小さな温泉宿で……もともと七部屋しかないんですが、家族だけでこぢんまりとやっているので一日二、三組しか予約をとらないんですよ。露天はないですけれど、こちらの箸の進み具合に合わせて一品ずつ部屋まで運んでくれる夕食はなかなかです」
 数刻前の彼からは想像もできないような、遠足に行く前の子どものように弾んだ声で恭一郎は言った。無防備でさえあるその無邪気さに、またしても薫の心臓は鼓動を速くする。
「……いいんじゃねえの。べつに、俺は……どこでもいいんだ。知ってるところがあるわけでもないし、特に行きたいところがあるわけでもないから」
 ほんのりと整髪料の匂いを漂わせる髪に顔を埋めたまま、薫はそっとそう言った。だいたい、いまだ今浦島の感がある上に日常のほとんどを六本木界隈ですませてしまう薫には、地名を聞いただけでその地の特色から位置関係までを思い浮かべる芸当はない。まあ、箱根とつくからには、だいたいあのあたりでこんな感じだろうと想像することぐらいはできるけれど。
 だから、どこでもいいんだ。おまえと一緒にいられるなら。おまえと一緒に過ごせるなら。はからずも本音を吐露してしまったことに、薫はまたもやまったく気づいていなかった。
「……じゃあ、そこにしましょう。川べりの、とても静かなところですよ。塀に沿って竹が植えてあってね、夜になると川のせせらぎと竹の葉の鳴る音が聞こえるんです。今ごろの季節は特に風情があっていいですよ」
 顔を上げて、うっとりと恭一郎は断言した。まるで、過去の記憶をたどるように。
 とたんに、うずうずと甘く締めつけられるばかりだった胸の奥に鈍い痛みがよみがえる。いったい、誰と一緒に行ったんだ? その、静かで風情のある山間の小さな旅館に。もしかしたら……もしかしたら、あの男だろうか。それとも、自分の知らないべつの誰かだろうか。いったい誰と、彼はそんな時を過ごしたのだろう?
 考え始めたら止まらなくなってしまって、薫は慌てて恭一郎の匂い立つような笑顔から目をそらした。考えていることがすぐ顔に出るたちだということは自分でもわかっている。このまま目を合わせていたら、思考を見抜かれてしまったら、また何を言われるかわかったものじゃない。
「そうと決まれば善は急げだ。ちょっと連絡してみますから、空いているようだったらこれから行きましょう」
「こ……これから?」
 けれど、よほど嬉しいのかあるいは何か企んでいるのか、恭一郎はすこぶる朗らかにそう言っただけだった。いやむろん、彼が喜んでくれるのならそれでいいのだけれど――いきなりのこの提案に、さすがの薫も面食らう。
「……ええ。あなたの気が変わらないうちに」
 そんな薫の反応すら楽しいらしく、恭一郎はいたずらっぽい笑みを唇の端に浮かべながら重ねてそう言った。……やはり、何か企んでいるのだろうか。薫はますます当惑して、結局恭一郎から目をそらすこともできなくなる。
 けれど、それも長くは続かなかった。次の瞬間、恭一郎はにっと微笑して、ひらりと身をひるがえすと来客用のソファに向かって大股に歩いてゆく。置いたままになっていたアタッシェケースからシステム手帳をとり出し、呆然と彼の一挙手一投足を見つめるばかりの薫を尻目にさっそく受話器をとり上げる。
「……もしもし。三神と申しますが。……ええ、三神恭一郎……ああ、田鶴子《たづこ》さん? ご無沙汰しています、お元気ですか」
 見るからに、もとい、聞くからに屈託のない声で恭一郎はつるつるとそう言った。こう言ってはなんだけれど、外面のいいことと言ったら本当に天下一品だ。これだから、何も知らない者には出自のよさを鼻にかけない好青年とか言われてしまうのだ。
 それにしても、いったいどういうつながりなのだろうか。仕事関係か、それとも実家の関係か。恭一郎の口調はどちらともとれる。……まあ、べつだんどちらでもかまわないのだけれど。


*この続きは製品版でお楽しみください。

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