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まぼろし綺譚

まぼろし綺譚


発行: 出版芸術社
レーベル: ふしぎ文学館
価格:800pt
形式:MEDUSA形式⇒詳細
対応端末:パソコン スマートフォン タブレット
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解説

 奇想天外な方法で連続殺人を犯す怪人と刑事の攻防を描いた『死を蒔く男』など珠玉の名品を多数収録した作品集。

目次

I 怪異? 推理?
夜走曲
くすり指
死を蒔く男

II SCIENCE・FICTION
東京湾地下街
見張りは終った
確率空中戦
みどりの星
御国の四方を

III 幻想と浪漫ロマンと
河太郎帰化
瀧川鐘音無
新版黄鳥墳
玉手箱のなかみ

抄録

 平野は夢のような星月夜だった。が山には急な霧が谷に這い下り、山ひだを搦《から》めて、靄のように立罩《たちこ》めはじめ、峰尾根も岨《そば》もただ一様に仄白い藍闇につつまれてしまった。
 見えなくなったM嶽の中腹にあるA観光ホテルの燈火《あかり》だけがお伽の国の、宙に浮ぶ魔法の城のように、朧ろ光りをボッと闇中空にうるませていた。
 その脚もとから、二つの円い小さな光が這い出し、やがて次第に大きくなるその前灯《ヘッドライト》の円錐の光茫を夜霧のなかへ突き放ちながらノロノロと進んで来た。
 車のなかには二人の男が坐っていた。運転しているのは辺《へり》つきの短い紺の書生背広に上智大学の制帽をかぶった若者、いま一人はギャバルヂンの運動シャツにスエーデン皮のコサック・ジャケツ、帽子はボルサリノのベロールという凝った‘いでたち’の四十がらみ口髭のある粋な男で、悠然と相手のとなりに腰かけ、薔薇根のビリアルドぱいぷを燻《くゆ》らしている。
 そのかわり後部の座席には自動|巻取り《リール》の釣竿をはじめ、ヒギンズの手提げ天幕《てんと》、ウインチェスター猟銃、携帯蓄音機《ポータブル》、野外茶道具《ティセット》などという遊山用の贅沢物が所狭しとつみこまれ、たぶん、車のなかでもピルグリムの裏毛裏縫の革手袋と点火器《ライター》つき‘とねりこ’のお洒落ステッキを離そうとしない口髭スエーデン皮氏らしい持主のお人柄と暮しぶりを物語っている。
 自動車《くるま》は年代はよく判らないが、外国人から買ったか借りたかした比較的新しいものであることは、暖房もラジオも附いている把手桿式ハンドルレバーのデ・ソートで、運転席が左になっているのでも明らかである。
「どうも不可《いけ》ない――」
 と把手《ハンドル》をにぎった若い男は片手でちょっと額を叩くようにして言った。道は観光路なので巾は狭くなかったが、深くなるばかりの霧の中で何度も吊橋や鉄橋をわたり、はるか断崖の下を渓流が右に現れたり左に流れたりするのだった
。 「さッきのAホテルのご馳走のせいか、ぼくは妙に睡くて仕様がありません。山道に油断は禁物、あなた替って下さいませんか」
「何の、コニャックの一杯ばかり――」
 と年上の男は事もなげに笑って、気取った手つきで、件《くだん》の点火器《ライター》つきステッキをひきつけ、消えたパイプに火をつけた。
「いくら山道だからッて、君みたいに芋虫の這うような転がし方をしていれば睡くもなるサ。三〇ぐらいにピッチを上げたまえ。緊張すれば睡気も覚めるし、ぼくも重い尻をもちあげてそッち側へ入れ替る手数がはぶけるという寸法サ」
「なるほど――」
 と若いほうは苦笑いをして、
「そりゃまた大そうご方便なご寸法で――だけど、この稲妻型道《ジグザグみち》で三十哩《マイル》はちょっとオッカナイみたいですネエ。二十か二十五ぐらいでやって見るかナ」
 かれはアクセルとグッと踏んだ。そして初心者のように緊張して把手《ハンドル》をシッカリ握り、眼を前方に据えた。そして言った、
「ウウッ。|こいつは確かに睡気が覚めら《アダス・イスト・ヤンツ・ウフヴェッケント》! おまけに靄《もや》までかかってやがる」
「きみの生命保険は、大かたぼくが受取ることになるだろうから良いとして」
 と口髭は生‘あくび’をれいの素晴しい革手袋でたたき、モゾモゾと狭い座席へ身体を丸めこみながら言った。
「車はぼくのだから崖へ落ッことさないように頼むヨ。――ぢゃ一ト寝入りするからOへはいったら起してくれたまえ。ただしドイツ語でなく、日本語で」
「冗談ぢゃない!」学生は言った。
「姉さんが死んだのも、こんな晩だった。その良人《おっと》のくせして貴方のいい気なものにも呆れてしまう!霧がますます深くなりますヨ。貴方もしッかり前を見ていてください。笑いごとぢゃありません」
「ウン、笑いごとぢゃない」
 と男は真面目になって頷いた。
「気をつけて運転《や》りたまえ。こんな霧の深い晩はネ、前のガラスを見ちゃ、不可《いけ》ないんだ」
「ガラスを見る――?」
 若者は‘おうむ’返しに言いながら急に把爪《クラッチ》を押して制動器《はどめ》をかけた。
「エエ畜生、また橋だ。何て道だろう!あぶなく擬宝珠《ぎぼし》の外へ渡っちまうところだった――何を見るんですッて?」
「ガラスをサ。つまり前方の外界を見ないで‘窓ガラス’を見るということなのサ」
「何だかよく解りませんネ。何を見ないで窓ガラスを見るんですッて?」
「つまりこうなのサ」

*この続きは製品版でお楽しみください。

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