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解説

 「今日からここが、おまえの家だよ」
 祖母の葬式の日、幼い紀野直実の手にのせられた鍵と優しい男の手。あの日から直実はひたむきに、自分の保護者となった外科医の氷室知之を慕い続けていた。優しい時間をともに過ごす二人。しかし直実が高校生になった頃から、知之の態度がどこかよそよそしくなる。とまどいを隠せない直実だったが、ある晩突然、知之に力ずくで抱かれてしまう。怖くて仕方ないはずなのに、直実は痛みとともに強烈な悦びを感じて――。
※こちらの作品にはイラストが収録されていません。

目次

第一話 とまどいの行方
第二話 ためらいの行方

抄録

「危険なんてこと、ない。だって、知之さんの傍が一番安心できるのに」
 膝の上に乗って甘えることは、さすがになくなった。でも、その広い背中に後ろから抱きつくだけで安心できる。知之は、直実にとってそういう人だった。
「我がまま言って、ごめんなさい。でも、僕、知之さんが好きだから……」
「傍にいたい」と言うだけで、涙がこぼれる。
 このまま離れたら、二度と会えない気がした。父親とだって、祖母の葬儀で別れたきり。二度と会うことはなかったのだから。でも、父親と二度と会えないことさえ、今はたいしたことじゃない。そう思う直実は、きっと薄情な息子だ。
 けれども、知之と会えなくなることを想像するだけで、頭がおかしくなりそうだった。
「やめるんだ」
 強ばった声に胸を抉《えぐ》られたかと思うと、しがみついていた腕を振りはらわれる。直実は呆然と、知之を見あげた。
 そんなに、自分は嫌われているんだろうか。
「ともゆき……さん?」
 感覚が死んでしまったかのようで、直実はただ惚《ほう》けたように彼を見つめることしかできない。
「……すまない」
 知之も、どこか呆然と直実を見つめていた。直実を振りはらった指先が、持てあましたようにさまよっている。
 直実の長いまつげの先にまとわりついていた滴《しずく》が、頬に落ちた。それに後押しされるように、直実は口を開く。
「そんなに、僕は迷惑だった? もう、一緒にいちゃダメ?」
「だから、おまえのためだと言っているんだ! 聞きわけなさい」
「そんなことない! 僕はここにいたいんだ」
 知之も必死だが、直実だって必死だった。離れたくない一心で、もう一度しがみつく。振りはらわれたらどうしようという恐れよりも、捨てられることのほうがずっと怖い。しがみついてでも、彼の傍にいたかった。
 シャツの胸に飛びこんで、ぎゅっと抱きつく。大きな背中に回した腕。そして、そこに爪を立てた。
「離れなさい!」
 知之が、声を荒らげる。そんなに、直実に触れられるのが嫌なんだろうか。直実はひたむきに知之を見あげる。
 目の奥が、つんと熱くなる。思いだすのは、祖母の葬儀だ。直実のことを押しつけあっていた、父と伯母の声。
 またあんなふうに、直実は捨てられてしまうんだろうか。
「知之さん……」
 知之を悩ませたいわけじゃないけれども、自分が抑えられなかった。頬を熱いものが濡らす。直実はそれでも目を開けたまま、潤んで熱っぽくなった眼差しを、知之に向けていた。
 何か言わなくちゃいけないのに、知之に考えを変えてもらわなくちゃいけないのに、上手く言葉が出てこない。もの言いたげにくちびるを半開きにして震えさせる。
「……くっ」
 知之は短く息を吐く。彼は何か呟いたようだが、早口で、しかも低い声だったので直実は聞きとることができなかった。
「……え?」
 いきなり、視界がぶれた。
 直実は大きく目を見ひらく。
 気がつけば、知之の肩越しにリビングの天井が見える。絨毯《じゅうたん》の上に押し倒されたのだと気がついたのは、次の瞬間だった。
「無防備に近づくんじゃない」
 低く、地を這うような声で知之が言う。
「抑えられなくなってしまうだろう?」
 何を? と問うことはできなかった。疑問符を浮かべかけたくちびるを、知之のくちびるが荒々しく塞《ふさ》いだ。

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