和書>小説・ノンフィクションハーレクインハーレクイン・スペシャル・アンソロジー


解説

『マッケンジーの娘』
メアリスが目覚めると、見知らぬ男性がこちらを見つめていた。ここ数時間の記憶がない。マックと名乗る彼に、不思議と寄り添いたい衝動に駆られる。だが、二人が体を重ねたのか知りたいのなら答えはノーだ、と彼はにべもない。この人はいったい、何者なの?
『雪夜のハプニング』
天真爛漫なケリと真面目な隣人ロックは、昔から兄妹のように過ごしてきた。ある日、雪道を走行中、事故で車が故障し、ケリが肩を負傷。ロックに軽々と抱き上げられたケリは、彼を男性として強く意識する。そして無人の小屋で、初めて一夜を過ごすことに……。
『イヴに天使が舞いおりて』
挙式寸前に婚約破棄されたブルック。クリスマスイヴの夜、吹雪の中で泣く幼い少女を発見し、自宅で保護する。警察に通報後、事情を聴きに来たたくましい保安官のヴァンスに思わずときめくが、彼は結婚寸前で破局した経験から生涯独身を決め込んでいて……。
『クリスマスはあなたと』
「大変!どうしましょう!」デパートの販売員ジュリエットの乗るエレベーターが突然停止した。閉所恐怖症の彼女は、並外れた美貌の男性の前で取り乱す。すると彼は震える彼女を抱き、キスで黙らせた――それが、オーナーである大富豪ロブとの出逢いだった。
*『マッケンジーの娘』『雪夜のハプニング』『イヴに天使が舞いおりて』は、既に配信されている作品となります。 ご購入の際は十分ご注意ください。

抄録

馬を盗んだ?メアリスはあっけにとられ、まばたきして彼を見やった。まるで彼が外国語でもしゃべったかのように。二人がベッドにいる理由をきいたのに、彼は馬を盗んだらしいと言ったのだ。私が馬を盗むなんて妙だし、それがアレックス・マクニールといっしょにいることとどんな関係があるのかわからない。
それから、痛む頭にふっとある記憶がよみがえった。メアリスは口をつぐんだまま、錯綜した情景をはっきりさせようとした。彼女は何か恐ろしい予感に駆りたてられて、厩舎の中央通路を急いでいたのだ。通路の真ん中あたりの広く贅沢に作られた馬房に向かって。ソール・プレジャーは社交的な馬だった。彼は仲間といっしょにいるのが好きで、そのため真ん中の馬房に入れられていた。そこならどちらの側の馬房の馬とも仲良くやれるからだ。メアリスは激しい怒りにとらわれたことも思い出した。あれほど腹の立ったことはない。
「どうした?」まだじっと見つめたままマックがきいた。こんなに熱心に見られては、顔のすみずみまで知りつくされているに違いない、とメアリスは思った。
「私たちが盗んだ‘らしい’馬というのは――ソール・プレジャーなの?」
「そう。あいつだ。国中の警官がまだ僕らを追っていないとしても、数時間のうちにそうなるだろう」彼はちょっと言葉を切った。「あいつのことをどうするつもりだったんだい?」
いい質問だ。ソール・プレジャーはいまやアメリカでもっとも有名な馬だ。しかも、つややかな黒い毛並み、額の白星、右前脚の白い毛と、実によくわかる特徴がある。アスリート・オブ・ザ・イヤー――今年一番の馬――に選ばれて、『スポーツ・イラストレイテッド』誌の表紙に載ったこともある。短かったレース生活の間に二百万ドル以上を稼ぎ、四歳という絶好調の年で引退して種牡馬として生きることになったのだ。ストニッチャー家では最高値で取引をしようと、まだ提示額を検討中だった。あの馬は、四本の力強く光のように速い脚で飛びはねる、黒い黄金なのだ。
いったい私はあの馬をどうしようとしていたのだろう?メアリスは失われた数時間の記憶をなんとか呼び戻そうとして、天井を仰いだ。どうして私がソール・プレジャーを盗んだりするだろう?あの馬を売ったり、自分の馬として――もちろん外見を変えて――レースに出したりするつもりなどなかった。その可能性を即座にしりぞける。私には馬を盗むことなどとてもできない。なぜそんなことをしたのか説明のしようがない。唯一、馬を連れ出す理由として考えられるのは、あの馬が危険にさらされていたということだ。それなら連れ出したかもしれない。もっとも、自分の子供とか馬とかを虐待するような者がいたのだとしたら、私ならむしろこらしめようとしたはずだ。子供や馬が痛めつけられるなんてがまんできない。
あるいは殺されるなんて。
そう思ったとたん、ふいにひらめいた。ああ、なんてこと。そうだったんだわ。
メアリスはぱっとベッドに起き上がった。とたんに頭に痛みが広がった。あまりのひどさに一瞬目がくらむ。声もなく叫ぶように、あえぎをもらした。力強い腕がさっと伸びて、メアリスを抱き止めた。その腕は彼女が立ち上がるのを止めようとしていたが、その必要はなかった。メアリスは体がなえていくのを感じた。体を起こしていられない。そのままマックのほうにくずおれてしまった。痛みがすうっと引いて、がまんできるくらいになったが、さっきの苦痛のせいで力がなえ、体が震えている。メアリスはマックの胸に寄りかかり、その腕の中で目を閉じて、ショックから立ち直ろうとした。
マックはそっと体をずらし、彼女を横たえた。半ばメアリスをかばうように、男性的でたくましい脚を、それよりずっとほっそりしたメアリスの脚にからめる。そして腕で彼女の頭を支え、広い肩で光をさえぎって彼女の閉じたまぶたに当たらないようにした。大きな手が彼女の左胸に置かれた。一瞬のことだったが、その手は温かく、メアリスの体に電流のようなものが走った。手が喉もとに上がってきた。指が動脈に当てられるのを感じる。マックはかすかなため息をもらすと、ちょっと身をかがめて額を彼女の額につけた。とても優しく。まるでメアリスを傷つけてしまうのではないかと恐れるように。メアリスはつばをのみこみ、呼吸を整えようとした。そうするのがせいいっぱいだった。体の中を熱い血が駆けめぐるのはどうすることもできない。
しかし、ソール・プレジャーのことを考えると、こうしてはいられなかった。メアリスは息を吸いこむと、目を開けて彼を見た。


*この続きは製品版でお楽しみください。